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ウキウキ研究会の会報「プカプカ通信」の一部をwebで紹介します。
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カテゴリ:プカプカ通信( 133 )

   プカプカ通信125 ・ Aug-26-2013

           石井先生とモダマ    はやししげお

 石井先生の著作「新編・漂着物事典」には、こうあります。『1972年11月19日、初めてモダマを採集した。この日、宗像郡福間町花見から出発して宮司浜、恋の浦から小山を越えて勝浦浜まで歩いた。当時のメモには次のように記している。
「朝6時15分起床。晴天。貝類の漂着は少ないが,板や海藻類多し。初めてモダマを拾う。堅くて褐色を呈する。ゴバンノアシは大型のもの。恋の浦のカメは白骨化して甲羅が残る」最初に採集した所は津屋崎宮司浜であった。そこはゴバンノアシもあった。採集した地点は満潮線であった。円形で褐色、ちょっと見ると石のように見える。石にしては少し光沢があるので採集したが、モダマはマメ科である。その日は宗像郡津屋崎町白石浜、勝浦浜でも一個ずつ採集した。しかし、以後南島以外で一度に三個も採集したことはない。』石井先生はおよそ40年前から、コツコツとモダマを拾ってみえました。
 先日、漂着物学会元会長の石井忠先生にお願いしてあった原稿が届きました。
 そのタイトルは「モダマを植えた!!」、知らぬ間に石井先生はモダマを発芽させ、夏場は外に出して蔓を伸ばさせ、冬場には室内で大切にされており、現在では上の写真のような状態で蔓を伸ばしているようです(2013年夏・枯れてはいないが、葉が少ない)。先生のイラスト入り原稿は、次に紹介しています。
                   
        モダマを植えた!      いしいただし
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           宮崎でビーチコーミング    はやししげお

 2013年8月2日、暑い真夏の盛りに宮崎へ初上陸しました。(笑)宮崎に行ったのは、にちなん文化の広場主催のビーチコーミング講座の講師として呼ばれたからです。
 昨年の夏から秋にかけては、太平洋側での南方系漂着物が極めて多く、宮崎でも1日でモダマや海豆類が10個ほど、それに加えてオウムガイも!と言う状態でしたので、ちょっと期待して出かけました。

 宮崎空港に降り立った9時過ぎの時点ですでに33度の暑さ!迎えに来ていただいた八木さんによれば、宮崎では20日ほど雨が降っていないとか!
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 空港から国道220号を南下し、鬼の洗濯板が広がる宮崎市小内海あたりの汀線あたりには細かくなった貝、サンゴ、それに微少貝からなる白色の漂着帯があります。それよりも上(陸より) には、もう少し大きなものが寄っている場所があります。
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鬼の洗濯板は波食棚で、これは砂泥互層によって構成されています。水平に堆積した砂泥互層は褶曲の影響を受け、今では緩い傾斜をもっています。緩い傾斜をもった砂泥互層は、潮間帯において絶えず浸食の影響を受けるため、浸食に強い砂岩と弱い泥質岩が差別浸食によって凹凸が形成されます。この凹凸によって洗濯板のように見えます。 この地層は化石記録から、後期中新世から鮮新世に堆積した宮崎層群に区分されています。そんな場所には漂着物が少ないのでは?と思いましたが、案内されて浜に降りれば多数のタカラガイ(それも普段渥美半島あたりでは見かけない連中ばかりで、何が何だか分からない状態!)、それに微少貝やサンゴ類が浜を埋め尽くすようすに驚くやら、あきれるやらの状態でした。   
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 その後も浜を歩きながら南下を続け、講座を行う石波海岸の下見を行いました。石波海岸は串間市にあり、猿で有名な幸島を見渡せる東南側が海に面した、緩やかな弧を描いた砂浜でビーチコーミングにもってこいの浜です。下見当日は浜の気温が40度を超すほどで、翌日の開催が危ぶまれる(オレが倒れそうで)ところでしたが、浜に近い駐車場を借りることができたり、午後のビーチクラフトの会場をカフェ・ハッピーアイランドさんにお借りできるようになり、無事皆さんをお迎えすることができました。
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 石波海岸は野生の宝庫でした。浜にはいたるところにノウサギの足跡がクロスしており、何とサクラガイなどを多く含む微少貝ラインにはノウサギの糞も!
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 そしてアカウミガメの孵化と重なったので、暗いうちに海へ向かったアカウミガメ幼体が描いた美しいトラックも参加者のみなさまに見ていただけました。数多くの方々に助けられて今回事故も無く講座ができたこと感謝しております。
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by uki-puka | 2013-08-26 00:29 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信124・Jul-20-2013


          ユキさんと道北二人三脚   中司光子 

 2013年6月の12日から14日にかけ、与那国島の友人・ユキさんを迎え、道北を歩いてきました。前月の5月に歩いたときには花も咲いてない状態でしたが、一ヶ月のうちにグングン育って花盛りになっていました。
 JR滝川駅でユキさんを拾い北上、途中小平町、羽幌町を歩き、ほっとはぼろ(道の駅)の温泉で汗を流しました。
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 13日、初山別の浜でガラス玉を手にした外人カップルに出会いました!稚内から南下してきたようで、手にしていた袋には浮き玉が!
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 さて、初山別の浜ではユキさんが、ハングルの書かれた尺二くらいの大きなベントスタイプのブイを見つけました。球形のブイは二つの半球のプラスチックをボルトでとめたタイプ、中には機械でも入っていそうでしたが、何が入っているのかは分かりませんでした。ただ、半球の上下には小穴があき、そこからワイヤー(8~9mほどはあった)にフックがついたものなどが出ていました。半球の上には小穴がありましたが、半球の下は、鋭角な円錐形にプラスチックが伸び、その中心にワイヤーが入っていました。
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 幌延町にあるオトンルイ風車列の北や、豊富町稚咲内でビーチコーミングしました。この日、ユキさんが拾ったガラス玉の数は50個もあったでしょうか?
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豊富町稚咲内では、ユキさんがココヤシを二つ見つけました。ココヤシにはフジツボやコケムシの付着があり、長い旅を物語っていました。この日は稚内の山一旅館に泊まりました。
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 14日は、稚内市坂ノ下から日本海側を南下しました。前に巨大サメのカルカロドン・メガロドン歯化石を見つけた浜に行ったら、ユキさん出入り口近くで網についた12個のガラス玉を発見!そして続けてハマナタマメも!このハマナタマメは最北漂着記録になるのでは? 
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それにしても、ユキさんの眼力はスゴいです。気合の入れ方が違うのでしょうか?(笑)それにユキさんは体力もあるので、砂浜をグングン歩いていきます。今回、長い浜に出たら、「ユキさんどっちに行く?」と尋ね、『右』と言われら「じゃぁ私は左ね」と言う具合に歩きました。わたしがウロウロ歩いていると、ユキさんは遥か彼方に・・・すぐ見えなくなってしまい、なかなか戻ってきません。(笑)
 夕方、ユキさんを稚内に降し、私は羽幌の実家に戻りました。私が三日間の浜歩きで持ち帰った浮き玉は、透明なクリアー玉一つ。もう私はほとんど拾うことも無く、手に取った浮き玉はユキさんに渡しましたので、ユキさん90個近く持ち帰ったことでしょう。きっと今頃、ユキさんは大好きな浮き玉に囲まれていることでしょうね。        


              与論小紀行 鈴木明彦

2013年6月下旬、奄美諸島の最南端である与論島に行ってきました。島の海岸部の地質調査が主な目的でしたが、漂着物も見てきたので紹介します。鹿児島空港から与論空港までは、JACの小型機でおよそ80分のフライトでした。以前沖縄本島の北端辺戸岬からかすかに島影を眺めた記憶はあるのですが、眼下に島を眺めるとワクワクしてきます。
与論島は、周囲約24kmの熱帯魚(あるいは蝸牛)のかたちの隆起サンゴ礁の島です。
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初日は土地勘もまだなので、まず島の観光地を見学しました。城地区のサザンクロスセンター(与論島資料館)は、平坦な島ではひときわ目立つ5階建ての建物でした。与論島の自然、歴史、文化をコンパクトに紹介してあります。また、5階の展望室からは、島の美しい海岸を見下ろすことができます。
まず訪れたのは島の東側にあたる前浜海岸です。白い浜と青い海のコントラストが鮮やかでした。
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この後、赤崎海岸、大金久海岸、皆田海岸、黒花海岸、寺崎海岸、品覇海岸など東側の海岸を歩きました。漂着種子では、ココヤシ、ゴバンノアシ、モモタマナ、アダン、シロツブなどがありました。
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また、海岸ではたくさんの打ち上げ貝を採集したのですが、ホシダカラをはじめとするタカラガイ類は北国の私にはうれしいものでした。
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翌日はハキビナ海岸、供利海岸、兼母海岸、茶花海岸など西側の海岸を歩きました。ここで印象的だったのは、コウイカ類の殻が普通にあったことです。特に50cmを超すコブシメには驚きました。
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この日はちょうど梅雨明けにあたり、各地の海岸で白い浜と青い海を楽しみました。もちろん琉球石灰岩やビーチロックの化石サンプルも予定通りに採集することができました。
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最終日は、ホテルの前のプライベートビーチ(ウドノスビーチ)を朝早くから散策しました。すでに早朝からクマゼミが猛烈に鳴いていました。ビーチへの通路に咲く色鮮やかなハイビスカスに今回の小旅行の別れを告げました。

From Editor
 今号では北海道の中司さんと与那国島のユキさんが歩かれた道北レポート、そして鈴木先生の与論島レポートと原稿が集まりましたので、今月は続けて発行となりました。これからも、みなさま原稿よろしくね。 
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by uki-puka | 2013-07-20 00:05 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信123・ Jul-1-2013

       「2013北海道ウキウキ研修会inアポイ」へのお誘い
ウキウキ研究会北海道支部では、2013年度の研修会を開催いたします。
日 時 2013年8月31日~9月1日(土日)
会 場 アポイ岳調査研究支援センター・アポイ岳ジオパークビジターセンター
内 容 ・オプショナルツアー(アポイ登山、ガイド付き)
・様似・えりも、浦河等の浜歩き
・ウキウキお宝自慢大会
・その他
会 費 時価
参加資格 いつもウキウキな人
問合せ mat-apoi@tmail.plala.or.jp 田中 正人

スケジュール
31日(土)AM9:00~アポイ登山(オプショナル・前泊OK)
     PM5:00~夕食等準備
      6:00~夕食
      7:00~ウキウキシンポジウム(各自発表)
1日(日)AM6:00~起床
      7:00~朝食
      8:00~後片付け後、BC・化石採取等(後伯OK)


           2013年初夏の渥美半島  はやししげお

冬の漂着シーズン中は、ずっと福井県などの日本海側に通いつめていました。 2012年の夏から渥美半島など太平洋側では海豆類の大量漂着があり、それがそのまま日本海側へ移り、ずいぶん楽しめました。春になって風向きも変わり、ほとんど漂着も終息したので5月後半からは渥美半島にシフトしました。
 昨年(2012)の太平洋側、海豆類の漂着は早かった!5月4日には、ゴバンノアシ、シナアブラギリ、ワニグチモダマが見られたのですから。
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 ちょっと期待して太平洋側の渥美半島に出かけたのは2013年5月12日のことでした。豊橋市の伊古部、赤羽根のロングビーチ、渥美の堀切周辺、そして伊良湖岬あたりまでを一日かけ歩いたのですが、南方系の植物は何一つ見つかりませんでした。そして驚くべきことに、エボシガイの付着した漂着物さえ無く、遠来のモノ・・・外洋を漂ってきたものは皆無の状態だったのです。この日、西風が優勢で、まだまだモノが寄る状況ではありませんでした。               
 前年の同時期、渥美半島がかなりの漂着物に被われていたのでちょっと落胆し、2週間後の5月25日に渥美半島を再訪しました。渥美半島の友人らからの情報では、ハシボソミズナギドリの落鳥も始まったとありましたので、まずは豊橋市の伊古部から歩きはじめました。すぐに新鮮なハシボソミズナギドリが見つかり、とりあえずの目標は達成です。(笑)ただ、この日も目新しい漂着物といえば新鮮なハシボソミズナギドリだけで、まだエボシガイの付着した漂着物さえ無かったのでした。ハシボソミズナギドリの漂着はまだ始まったばかりのようで、この日に見た14個体のうちのほとんどは羽毛も柔らかな新鮮なものでした。
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 その他の漂着物で目立ったものはウチワヤワコケムシ、それにアマモといった地元の漂着物で、中でもウチワヤワコケムシは大量に漂着しており、乾いて干物になったヤツは風に巻かれて浜を転がり、人の足跡に逃げ込んでいたヤツもありました。
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 それにしても、5月の最後の週末なのに、遠来のものが来ないとは。去年とは大違いですね~!そんなわけで、ハシボソミズナギドリは見られましたが、どうもすっきりせずに渥美半島を後にしました。
 海流図をチェックしたら、この春から黒潮が潮岬に接近後、大きく蛇行していることが分かりました。昨年はこれがほぼ本州に沿うように北上していた例外的なものだったのですが、2013年は例年通りに戻ったようです。
 そして、エボシガイの付着した漂着物を認めたのは、6月1日のことでした。もう浜に着いたら、スグにそれは分かりました。だってエボシガイが乾くときのあの臭いが浜に充満しており、車から降りたオレの鼻腔を直撃したのですから。(笑)
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 6月1日の漂着はかなり大規模なもので、ハシボソミズナギドリの他にもカツオノエボシ、アサガオガイ、それにエボシガイの付着した漂着物があちこちに転がり、オレンジウキや青いウキとも出会うことができました。
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 この日、渥美半島の表浜をおよそ7km歩き、230個体ほどのハシボソミズナギドリを確認し、190個体ほどのカツオノエボシも確認しました。単純に確認個数を距離で割れば、ハシボソミズナギドリ33個/km、カツオノエボシ27個/kmとなりました。
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 漂着物の面白いところには、こうしたピークがあることですね。もちろん漂着が始まれば、定期的にやってきますが、初めの時期のピークには浮遊していたモノやそれに伴っている生物群も一緒にやってくるからです。そんな中には、コロンブスの蟹として知られたオキナガレガニもいくつか混じっていましたし、ハシボソミズナギドリの羽毛に付着したルリエボシもありました。
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研究者の方にうかがったところ、キプリス幼生からおよそ1週間ほどでもこの状態になるそうです。
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そして、この日砂に埋もれたコアホウドリも見つけました。こうした大物が漂着するのは太平洋に面した浜ならではですね。
   
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by uki-puka | 2013-07-01 07:00 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信122 ・ May-11-2013

            不思議なウキ はやししげお

 日本海側での漂着シーズンは、ふつう3月あたりまでですが、今年はその後の浜掃除が終わった、4月中旬以降も荒れた日がありました。そんなわけでゴールデン・ウィークあたりでもガラスの浮き玉が拾えたり、モダマやジオクレアといった海豆類が拾えたりと、嬉しい声が福井のビーチコーマーらから は聞こえてきました。2012年秋から2013年春にかけて、福井や石川の浜辺では、多くはありませんが、ふつうにガラスの浮き玉が拾えました。数年前にさっぱり拾えない年もありましたが、こうした漂着の状況は不思議です。
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 さて、日本海側・福井の海岸ではガラスの浮き玉、中国の水色をした紡錘型ウキ,豆型ウキ,分銅型ウキ、刺し網用のオレンジウキ、中国、韓国、日本製の球形ウキ、ベトナムのキャンディーウキ(色のバリエーション多し)、ボンレスウキ(紅白)、韓国のわらじウキ、新旧バナナフロート(黄色の他にも白や青など色のバリエーション多い)、発泡スチロール素材を養生シートで包んだブイ、発泡スチロールをプラスチックで包んだブイ、ロシア製の球形スチールウキ、アルミウキ、白樺ウキ、四角い発泡スチロールを養生シートで包み、ロープでしっかり結わえ、その上面と下面にはアベマキのコルク質な樹皮をつけた浮標などなど、さまざまな浮きが漂着しています。福井の海岸でかれこれ15年以上ビーチコーミングを続け、2000年頃からは継続的な調査をしていると、もうそんなに目新しい浮きにお目にかかることはなくなってきました。

 でもね、久しぶりに新しいものに出会ったのですよ。ただ、これが不思議な怪しいモノで、本当に浮きかどうなんだか~??違っていたら、ごめんなさいの世界ですけど。
 その不思議なウキと出会ったのは、2013年3月23日、場所は福井県坂井市浜地海岸です。いつものように堤防脇に車を停め、海岸に出てみてビックリ!浜地海岸は冬場に砂が持っていかれる場所なのですが、これまで見たことの無かった砂に埋もれたテラスを初めて見ました。
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また、ここの砂は戻ってくるのですが、これほど減っているとは思いませんでした。浜地で気になったのは、子供たちが作っていた漂着アートとMK式硝子玉カバーでした。アートは、韓国製の大きめの漂着物を使ったかわいいもので、硝子玉カバーは、真っ二つに割れたもので、もちろん中身は入っていません、残念!(笑)
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 さて、前置きが長くなっちゃいましたが、不思議なウキはこれなんです。
 どうです?プラスチック素材の紡錘型ウキですよね。「色が黒いだけでこんなモノ、大したことないやろ!」なんて怒らないで、もう少しお付き合いくださいね。
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 このウキのサイズは、重さは約50g、長さが157mm、中心部分の直径が38mmと、水色の紡錘ウキ(135mm×35mm)よりも少し大きめでした。それだけなら色のバリエーションくらいで、済ませちゃうのですが、そうは問屋が卸しません。ウキを上の写真から長軸で90度回転させるとほら、写真のように二つのスリットが入ってるのです。
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 何じゃこりゃ?誰かの悪戯か?と表面を精査したのですが、普通のウキをカットしたものではなく、最初からこのように作られたもの。このスリットは150mmほどの長さがあり、両端に部分では6㎜分、中央では8.5mm分の隙間になっていました。これはウキではなく他のものかとも思ったのですが、よく見れば両端には、浮子綱へ結わえるための凹みが一周するように刻んであったので、やはりウキか、ウキと一緒に使うものではないかとの結論に至りました。
 発見時には、表面に藻類とサンザシゴカイ類、それにコケムシ類の石灰分が付着していたため、持ち帰って表面を掃除しましたが、文字などの陽刻は見られず、流出地や生産国の手がかりは全くありませんでした。
 ビーチコーミングを続けていると、こうした不思議なものに出会うことがあります。みなさまの中で、こんな不思議なウキ、どこかで見かけられた方みえましたら、ぜひお知らせください。

From Editor 2013年のゴールデン・ウィーク、本州ではわりあい良いお天気が続きましたが後半、北海道や北の方では荒れた模様です。中でも5月6日、帯広あたりではかなりの積雪があり、ツツジの花に雪が積もっていたのが印象的でした。
 さて、前の号で衝撃的な「えべっさん発見!」のレポートを下さった様似の田中さんですが、新しい職場である、アポイ岳ジオパーク・ビジターセンターのリニューアル・オープンも済み、一息つかれたようで浜歩きも再開された模様。早速、見せていただいた写真には、浮き玉があって一安心しました。
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聞けば、あの時から70日ほどは浜歩きをされなかった模様。(まぁ、ビジターセンターオープン前で忙しかったせいもあるのでしょうが)そして、えべっさん効果なのか、大漁でしたね~!!
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by uki-puka | 2013-05-11 00:04 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信121 ・ Mar-25-2013

          究極の漂着仏発見      田中正人


 ここ北海道の湘南の端っこ様似町は夏涼しく、冬さほど寒くはなく雪も少ない・・・と北海道に反しているようなところです。でも、今年の冬は寒かった。
 大量に雪は降らないものの、寒さのためなかなか溶けない、ちらちらとは降る。「寒いから雪があるから浜歩きは無理だよな~」と思う気持ちが、歳のせいもあってか増えています。
 しかし、長年続けているブログ「ウキウキ・浜歩き・山歩き」の更新も年々滞りがちなので、寒くても浜を目ざさなければと、いつも気にはなっているのです。

2月24日(日)休みなので、久しぶりに、ネタ探しに、真冬日のマイナスの中、静内の浜に行きました。着る物をいっぱい着て、いざ浜に~・・・「えっ、ガクッ!」・・・カメラを忘れてしまったのです。とほほと帰ってきました。ネタにするのにカメラがなければ意味がありませんからね~・・・この時、カメラさえ忘れなかったら、大発見をしなくてすんだのに~・・・(後悔)

翌日2月25日(月)この日も休みでしたが、微熱で調子がよくありません、しかしブログネタのためにはと、近くの浦河の浜に向いました。ここは、幌別川という大きな川の河口から入る浜で、この日は雪で中まで車が入れないせいか、誰の足あともありませんでしたが、何にも無いきれいな浜でした。足早にテトラを過ぎ、浜に面した所にある馬牧場の青い屋根の小屋の裏側に差し掛かった時でした・・・

一見、足が止まった・・・「おっ!」人のように見えたからです。でも、よ~く見ると、黒い網の塊に白っぽい肌色の浮きのようなものが見えました。「おう浮きか~・・・」と確認に一目散に向ってしまいました。15mほどのところで・・・す~と、血の気が引いてゆき、180度回れ右をして駆け出しました。そうです、人の死体だったのです。あの浮きのように見えたのは、顔・手足だったのです。
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          070901北海道ウキウキ研修会の時歩いた東幌別の浜。この後方に...


小走りに走りながら、「どうしよう・・・」もちろん周りにはだれもいません。
 でも、ふと考えると、死体だとしたら、カラスなどが寄っているはずですが、周りにいるカラスは無関心のようでした。なんか、きゅうに自信がなくなりましたが、確認に行く勇気もありませんでした。 

携帯から110番にかけ、「死体のようなものがあります」と通報しました。北海道の場合、携帯から110番すると、札幌につながります。私は「浦河署につないでください」と頼みましたが断られました。地元の警察ならすぐ場所も分かるのに~・・・

30分ほどたってから、警察や救急車が来て、遺体と確認したのです。その後、私は浦河警察署で第一発見者として、事情徴収され帰って来ました。
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 翌日の新聞には「25日午後1時15分ごろ、日高管内浦河町東幌別の海岸で、男性の遺体が砂浜の上に横たわっているのを散歩中の男性が発見、110番通報した。浦河署によると、遺体は全身が凍っており、海から打ち上げられた可能性があるという。身長160㌢ほどの中肉で、年齢は30~60代。黒のウインドブレーカー上下と白い運動靴、茶色のリュックサック、ベージュのウエストバックを身に着けていた。同署で身元と死因を調べている。」

 その日から、私もみんなの前では、平然を装ってはいるものの、寝ても起きても、目の前に横たわった遺体が映し出され続けました。しばらくしても、何の手がかりが無いのか警察からも連絡がありませんでした。しかし、3月3日の北海道新聞のお悔やみ欄に発見場所近くの41歳の男性が出ていました。しかも「25日死去」になっていました。やっぱー私の中では、「誰だったのか?」分からないままでは、もやもやがなかなか取れませんでした~・・・ 発見現場の近くには「浦河の郷土博物館」がありますので、電話をしてY学芸員に聞いてみました。「やっぱー田中さんでしたか~」新聞社から「郷土館の学芸員が見つけたそうだが?」・・・と電話が在ったが「知りません、たぶん浜歩きは様似郷土館の田中学芸員でしょう」といったそうな・・・  Yさんの話では、漂着仏はうつ病がちで、最近仕事もしてない男性の自殺らしいということでした~・・・ どうにか仏様のこともわかり、供養もされたので、私も一安心です。まだ、浜には行けませんが、気持ち的には落ち着きました。

実は私は、今までの人生で今回が4回目の第一発見者になります。川、山、人家そして浜です。これも何かの縁なのですね。 皆様も「漂着仏」にであっても、落ち着いて行動して下さい。「漂着仏」もきっと草葉の陰で喜んでくれていることでしょう。
南無阿弥陀仏 (合掌)

From Editor :それにしても田中さん、海・山・人家・そして浜でもと来れば、もう怖いものなしですね。田中さん、4月にオープンのアポイ岳ジオパークビジターセンターの準備などで大忙しのようです。みなさん、一段落ついたころにでも見物にいかなきゃね~!!2013年夏の北海道ウキウキ研修会はビジターセンターでしょうか?

         日本海側の漂着物、今季の傾向  はやししげお

桜の開花も始まり、日本海側での漂着シーズンはそろそろおしまいですね。2012年11月ごろから始まった漂着には様々な特徴がありましたので、その一部を紹介しましょう。2012年夏から秋にかけては、太平洋側の渥美半島では私が知る限り最も多いモダマなど海豆類の大量漂着があり10月末まで続きました。そんなわけで南から北へと伸びるベルトコンベアがいきなり止まることもあるまいと予想していました。
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             11月3日に福井県内で拾った海豆たち

その予想通り、11月3日に福井参りをしたところ左に示したような海豆オンパレードでした。何ヶ所かの浜を歩いた合計ですが、それにしても1日でこんなに拾えるとは思いもよらないことでした。これはもう太平洋側と同じ流れが来ていることを確信させてくれました。こうしてベルトコンベアは対馬暖流を使い南方のモノをいくつも日本海側に届けてくれました。そんな中にはめったに見られないヒルガオガイ、それに沖縄方面に多いコブシメ(目が拳ほどの大きさがあることから名づけられたコウイカの一種)なども混じっていましたし、ウキや壜などを中心としたベトナム製品が数多く含まれていました。
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 ベトナム製品では馴染みのキャンディーウキが、新・旧両バージョン登場しました。これは前に紹介した太平洋側同様に2012年から漂着が観察されたものです。みなさんの地域ではどちらも漂着していますでしょうか?
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 日本海側では秋になると大量のクルミが漂着します。熟して落下後に河川から海に注ぎ込んだクルミ、早い時期にはまだ果肉が付着しているものもありますが、晩秋ともなればきれいに磨かれたクルミになっています。そのほとんどはオニグルミ(上下の段とも左端)ですが、それに一部ヒメグルミ(上の段右)とマンシュウグルミ(下段の中央と右)とが混じっています。今季、そんな中で多かったのは彫りの深いマンシュウグルミです。逆に少なめだったのがハート型をしたヒメグルミでした。マンシュウグルミは長い旅を物語るかのように彫りの深い凹んだ部分に小さなエボシガイをいっぱい付着させていたのが印象的でした。他にはウミガメが非常に多く、中でもアカウミガメは大量漂着と言えるほどの量でした。この件は、また別の機会にでも紹介したいと思います。
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by uki-puka | 2013-03-25 07:28 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信120 ・ Feb-10-2013

            文献の海を泳ぐ     はやししげお
 このごろ、さまざまな調べものはネットが主流となり、文献を探さなくても情報がたやすく入手できる時代になってきました。非常に便利になったわけですがその反面、情報の信頼度に不安があったり、全てを鵜呑みにするわけにはいきません。またアドレスが無くなっていたり、変更されていたりと所在が不安定なこともあります。
 自分が本好きなせいもあって、文献漁りには心血を注いでいますが、探している時には見つからず、あとから偶然出てくることもありますね。今回は、そんな文献ネタを二つ紹介しましょう。


 一つ目はウキの話題です。ウキウキのみなさんなら「緑玉」って言えばスグ分かりますよね。台湾の緑玉とも呼ばれ、直径28cmの緑色のガラスで吹かれた浮き玉で、真ん中のモールド線が目立ちます。この浮き玉は特徴的な二つのロープの輪をジグザグに網がけがされており、これまで見た緑玉の網がけはほとんどがこの方式でした。台湾の緑玉と呼ばれた背景には、いくつかの理由があります。●台湾に近い南西諸島で数多く拾われてきたと言うこと。●ネットの情報で、台湾のマグロ延縄に使われていたとあったこと。●Walt Pich著 Glass Ball・2004の中で台北在住の浮き玉コレクターが、台湾の東海岸にある花蓮(Hua Lien)の漁村で山のように積まれた緑玉の前でポーズを取った写真が掲載されていたこと。この三つがその主な理由でした。けれども、これは中国でも使われているという未確認情報もありましたが、それを立証する物がありませんでした。
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 先日、知人から不要になったと言う1970年代中ごろから1980年代後半にかけてのNational Geographic をいただきました。アート紙に印刷された15年分ほどの雑誌は重くて冷たかったのですが、スクラップをしていたところ緑玉を発見しちゃいました。
 National Geographic Vol.160,No.6 December 1981. P822-823. New world of the Ocean ここでは2ページに渡って、中国山東省青島における昆布養殖の記事があり、昆布を収穫する二人の漁民とともに、あの特徴的な網がけの緑玉が海面に二つ浮かんでいるところが掲載されていました。記事によれば第二次大戦後、日本からもたらされた方法で昆布の養殖がはじまり、種苗ロープのブイとして緑玉が使われていました。ですから、1980年ごろには、中国で緑玉が使われていたのは間違いないでしょう。
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 National Geographic Vol.160,No.6 December 1981. P822-823. New world of the Ocean の掲載写真。(使われている緑玉の網がけは、特徴的な輪にしたロープ二つをジグザグにつないだもの。)
ただ、この緑玉がどこで作られたかはいまだに不明です。養殖用に使われていたと言うことになれば、中国で作られていた可能性も出てきますね。



 さて、お次は伊良湖焼です。お好み焼きではないですよ。わたしが伊良湖焼を知ったのは、石井先生の「漂着物の博物誌・1977」からなので、もう30年以上前のことですね。この記述は「日本残酷物語・貧しき人々のむれ・1959」によるものとあり、平凡社日本残酷物語・海辺の窮民にはこうありました。
 『三河湾の口を限る渥美半島の突端伊良湖岬はやはり難破船の多いところで、その難風は伊豆とおなじイナサの風(東南風)であったから「イナサとこいやれデンゴロリン」などという言葉ものこっている。イナサの風よ来やれ、船をデンゴロリンとくつがえせという歌である。難破船のなかでも常滑焼のような陶器を積んだものは荷の重さのために難破の率が高く、そうした陶器は波にうちよせられて、砂浜のなかに埋もれていることも少なくなかったので、土地の人はそれを砂中から掘り出してきては売った。元来伊良湖は陶器を製造したことのない土地であったが、人々はこうして砂中から掘り出して売るものを伊良湖焼といったという。伊良湖焼は帆船の沈没がほとんどなくなってしまうころまで、この地の名物であった。』

日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ は、平凡社ライブラリーで、現在入手可能です。


 伊良湖焼は柳田國男の著作の中にも見られ、明治31年伊良湖岬に遊んだ時の紀行文遊海島記(明治35年雑誌太陽に発表した伊勢の海を改題)にはこうあります。
『難破の災は昔も今も屢ゝ耳にすることなり。久しき前伊万里の陶器を積みし船、江戸へ上る路にて、神島の沖に疾風に遭ひ、遂に此浦に来て覆りし、其折巧優れたる数々の寶の、海底深く沈みたるが、中には形の全きもありて、貝取る海士の潜き入る者、折々拾ひ上ぐることあり。年月経たる潮の匂に、殊なる趣の更に添はれるを、人々戯れに伊良湖焼など名けて玩ぶを見るにも、昔想はれて哀なり。近頃灯台の設けも備はりて、海路安らかに為りたれど、猶時時の風浪は遁れ難くてや、浅ましく悲しき物語の、伝へらるゝもの多きなり。』(定本 柳田國男集 第二巻 筑摩書房 1968より)

柳田國男集・第二巻は古書店などで入手可能です。

 さて、先日「三州奥郡 漁民風俗誌」復刻版を入手しました。これは松下石人氏が昭和16年9月に脱稿されたもので、渥美の漁師風俗を描いたものです。ここでは、「浜で拾った話」というエッセイの中に伊良湖焼が出てきますので、ここに紹介します。
 この18のエッセイを集めた「浜で拾った話」には、柳田國男の紀行文遊海島記にもある伊良湖焼のほかに、岬からほど近い神島からやってきた島の人が島に戻る際に、岬の小山で狼煙(のろし)を焚き、迎えの船の合図にしたエッセイがありました。また浜寝と丸寝では、柳田國男の遊海島記にも触れてあることから、「浜で拾った話」の一部は
柳田國男にインスパイアされて、遊海島記に松下石人氏が地元で見聞きした知見や脚色を加えたところがあったのかもしれません。「浜で拾った話」には、ほかに小判を拾った話、人食いザメ、波のせ、土左エ門、浜病など興味深いものがイッパイ載っています。
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「三州奥郡 漁民風俗誌」復刻版(1050円+郵送料必要)は、現在入手可能です。
ご希望の方は、田原市博物館にお問い合わせください。
〒441-3421 愛知県田原市田原町巴江11-1 TEL.0531-22-1720 FAX.0531-23-3770
田原市博物館HP http://www.taharamuseum.gr.jp/index.html
田原市博物館ミュージアムショップHP http://www.taharamuseum.gr.jp/shop/

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by uki-puka | 2013-02-10 17:56 | プカプカ通信 | Comments(2)

プカプカ通信119 ・ Jan-25-2013

    メルボルン周辺の海辺を歩く  鈴木明彦(北海道教育大学)

 2012年12月上旬、オーストラリア第2の都市メルボルンを訪れる機会がありました。メルボルン大学で行われたオーストラリア貝類学会のコンフェレンスに出席したためです。コンフェレンス終了後、メルボルン周辺の海辺をいくつか歩きましたので紹介します。
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 20世紀初め、オーストラリアの首都であったというメルボルン(写真1)は、近代的な街並みと緑豊かな空間で特徴づけられます。そしてメルボルンの南部は、タスマン海に面しています。まずトラムで30分くらいのセントキルダビーチ(St Kilda Beach)に出かけました。このビーチは市民の憩いの場でもあり、海水浴やパラグライダーでにぎわっていました(写真2)。
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 それでもストランドラインには、チラホラ漂着物がありました(写真3)。
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貝殻、流木、ヤシの実、様々な人工物です。また、打ち捨てられた古書が風にはためいていました。打ち上げ貝を多少拾ったのですが、めぼしいものはないので、ビーチ近くのエスプラネードマーケットを覗いてみました。そこで貝殻をあしらったスタンプを買いました。
 翌日には念願のグレートオーシャンロード(Great Ocean Road)のツアーに参加しました。オーストラリアで最も美しい海岸ともいわれるこの地域の見どころを一日 で巡るツアーです。全長300Kmに及ぶグレートオーシャンロードは、大きく三つに分けられています。北部は、サーファーに大人気のサーフビーチが点在するサーフコースト(Surf Coast)、中部は温帯雨林が繁茂するオトウェイズヒンターランド(Otways Hinterland)、南部はこの地域のハイライトともいえる奇岩や岩礁海岸が連続するシップレックコースト(Shipwreck Coast)です。
 まず、アングレシー(Anglesea)に立ち寄り、海岸湿地帯でモーニングティーを飲みました。次にサーフコースト(Surf Coast)をひたすら南下しましたが、その際サーファーあこがれの地ベルズビーチ(Surf Coast)に立ち寄りました(写真4)。
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サーフボード(イカの甲)はあったのですが、漂着物は少なかったです。この日もさすがに良い波?が来ていました。ここからしばらく海岸部を離れて山間部をバスは走ったのですが、木の上には野生のコアラがいました。枝の上でボーッと何かを考えているようでした。そしてアポロベイ(Apollo Bay)で昼食を取りました。ここにはビジターセンターがあり、しばし見学しました。
 昼食後は、いよいよお待ちかねのシップレックコーストです。まず12人の使徒(Twelve Apostoles)を見学しました(写真5)。
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これは海上に突き出した大きな石の柱です。12人?のうち、2人がなくなり、今は10人だそうです。展望テラスからこれらの使徒を眺めました。次にはギブソンステップス(Gibson Steps) を見学しました(写真6)。
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ここでは石の階段を使ってビーチまで降りることができました。海岸は白亜紀の地層が浸食されたものです。ビーチから12人の使徒を眺められる人気スポットです。
 そしてロックアードゴージ(Lock Ard Gorge) を見学しました(写真7)。
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ここでも奇岩をじっくり見ることができます。ちなみにロックアードゴージとは、1873年にこの沖合で難破した移民船の名前です。最後にポートキャンベル(Port Cambell)のカフェで休息して、夕方遅くメルボルンに戻ってきました。
 今回グレートオーシャンロードはじめ海岸風景を楽しむことはできたのですが、初夏のためか漂着物には乏しい時期だったようです。オーストラリアの漂着物といえば、トグロコウイカやチリメンアオイガイ(写真8:メルボルン博物館標本)ですが、やはりこれらは冬場が狙い目のようです。
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From Editor:この冬・・・オーストラリアでは夏ですが、記録的な熱波に襲われているようです。オレの誕生日の1月18日、南東部を中心に気温が上がり、シドニーでは観測史上最高の45度8分を記録するなど、猛烈な暑さとなりました。鈴木先生はこの熱波については記されていませんので、まだ酷くなる前だったのでしょうね。それにしてもこの熱波・・・今年の夏の暑さを暗示しているようで嫌ですね。またオーストラリアでは、熱く乾燥した夏に野火の発生が各地で知られていますが、今回は大丈夫なのでしょうか?そういえば、オーストラリアでは野火によって果実がはじけ種子が飛び出すバンクシアという植物も知られており、野火もシステムの一部なんですね。
 
   福井に漂着した韓国製の一本釣漁具  林 重雄 
 福井県ではこれまでも冬になれば、北西の季節風の影響で、数多くの東南アジア諸国からの漂着物であふれています。中でも隣国の韓国からは大量の漂着物が押し寄せており、漁業系の漂着物ではアナゴのウケの蓋に使う円錐形の「かえし」やプラスチック浮きはいくつも見つかります。またぼんてんの旗にはハングルが記され、韓国を印象付ける漂着物ですね。
 今回、福井県の水晶浜で興味深い漁具を見つけました。
 それは一本釣りに使う漁具です。釣竿を使わない一本釣りに使うテグスは太目の物で、これまでに0.7mm~2.0mmほどのものを漂着で見ています。こうしたテグスは、木製の糸巻き(ほとんどが手製)に巻きとられていますが、今回はプラスチック製で、21cm×16cmほどの大きさです。またこの特徴は、横にハンドルがついていて、作業が使いやすくなっており、全体が弓形になっており、これによってテグスが絡みにくくなっているものと思われます。
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 この漁具に使われていたテグスは0.7mmの物で、それほど太い物ではありません。これが2ミリほどのものになると、4~50cmほどの木製の糸巻きにテグスが巻かれています。日本でもこうした竿を使わない一本釣りが行われていますが、韓国に近い九州や山口あたりでは、このサイズのテグスを使って、タイやサワラの一本釣りをしていますが、韓国の漁師さんが狙っているのは、どんな魚でしょうか?
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by uki-puka | 2013-01-25 00:21 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信118 ・ Dec-20-2012

     知らないうちに・・・オレンジ浮きの進化   はやししげお
 はやいもので、2012年も年の瀬・・・12月になっちゃいました。暑い暑いと騒いでいた9月10月はずいぶんTシャツで過ごしていましたが、冷え込みは早くて、秋はあっという間に通り過ぎてしまいました。そして12月に入れば真冬の寒さ!体が寒さに全くついていきません。
 さて、みなさんが浜を歩けば、そこいらにいくらでも転がっているオレンジ色をした(最近は青や黄緑もありますが)オレンジ浮きですが、ひょんなことから進化に気づきました。こんなことを知らなかったのはオレ一人かもしれませんが、お知らせします。
12月2日の海浜センタービーチコーミング講座の折に水晶浜で拾い上げた水色をしたオレンジ浮きを拾ってきましたが、洗っていたら中央部の接合線あたりにクラックが入っているのに気づきました。どうも二枚のプラスチックを接着してある接着剤が劣化したのか、接合線に沿っておよそ半分ほどが外れていました。 
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              最近のオレンジ浮きの隔壁

 クラックに爪を立て、エイヤッと力を入れたところ、貼り付けてあった二枚のプラスチックが離れ、見事真っ二つになり、浮きの隔壁が露わになりました。写真にあるように隔壁は5枚でこの浮きは6つの部屋に分かれています。
 さて、ここで疑問が・・・「あれ、オレンジ浮きの1号って、こんなに細かく隔壁が入っていたかしら?」・・・早速自分の書いた資料を紐解けば、3枚の隔壁で4つの部屋に分かれていました。
 実物をいくつか光に透かしてチェックです。隔壁3枚の旧タイプには、フロート、順発、船牌浮標、太陽浮標、金魚商標、萬利、順源浮標、順風得利、歯車商標といった古いブランドが並びました。隔壁5枚の新しいタイプには太陽浮標、俊雄浮標、香港などで、最近作られているオレンジ浮きのほとんどは新しい隔壁5枚のタイプに移行したようでした。最近はあまり気にもとめなくなったオレンジ浮きですが、深い海の中での耐圧向上のために進化しているのですね。
 みなさんもオレンジ浮きを見つけられたら、ぜひ光に透かして、隔壁の枚数を確認してください。1号浮きで隔壁が5枚なら新しいモノ、3枚なら一昔前のモノですよ。

          ヌーブラ型漁具発見!   はやししげお
 お次もまた海浜センタービーチコーミング講座ネタです。講座の折、福井のビーチコーマー「ことまるさん」がピンク色をしたヌーブラ型のプラスチック製品を持ってこられました。ヌーブラとは、数年前にブレイクした女性用下着?で、一般的なブラジャーにあるストラップやアンダーベルトの無い、シリコン素材の粘着性と弾力性を利用して、素肌に直接貼りつけて使用する魔法のブラです。
 さて、これは漁具ですので、シリコン製ではなくプラスチック製。そして耳がついていて、カップ上のトップからは放射状に線が引かれたエンボスが刻まれており、これは見たところサルボウやアカガイを模して作られたイメージがありますね。
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                ヌーブラ型蛸壺内側

これは漁具の中でも、イイダコを採るための蛸壺と思われます。二つの対になった漁具の耳に綱をつけて結わえ、それを海中に投入し、イイダコが入るのを待って捕まえるものでしょうね。イイダコ漁には古くからアカガイなどの二枚貝の殻頂に小孔をあけ、対になった貝殻(合弁)に紐を通したイイダコ用の蛸壺が延縄量に使われてきました。これに使われる貝はアカガイやサルボウなどを中心にした二枚貝のほかにも、アカニシやテングニシといった巻貝も使われてきました。イイダコ用の蛸壺の歴史は古く、石井先生によれば、佐賀県の弥生時代の貝塚からは、出土しているそうです。
 大きな貝殻の入手が困難になったり、漁師がこうした漁具を作る手間を省いたのかもしれませんが、こうしたプラ製漁具の出現に驚きを隠せませんでした。    
別の見方をすれば、それだけイイダコを求める人がいて、イイダコを捕る漁師がいるということなのですね。ちょっと前に石川県南部を調査した折に、浜小屋の軒下に貝殻を使ったイイダコ用の蛸壺を使った延縄漁具を見ましたが、みなさんもこんな漁具の漂着や漁港などで使われているのを見られたら、ぜひ教えてくださいね。

            日本海側浮き玉情報 はやししげお
 このところグンと減った感のある日本海側のガラス玉ですが、今季の速報をお知らせしましょう。11月5日、石川県南部にある塩屋海岸でろっかくさんが直径28cmの緑玉を拾われました。11月10日には私が福井の波松~浜地あたりで小玉を2個拾いました。11月後半には、新潟の浜では化石部の父さんが直径28cmの緑玉と小玉を拾われました。
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                今季の初玉@波松

12月2日、海浜センタービーチコーミング講座の後、参加者のNさんが若狭町で小玉を1個拾われました。12月5日、福井のRZVさんが福井市鷹巣海水浴場で小玉を1個拾われました。12月8日、波浪警報の出ていた福井で私が直径12cmほどの浮き玉を1個拾いました。12月10日頃には福井のビーチコーマーさんが福井市内で小玉を2個拾われています。
 こんなところが、今季の最新情報です。減った、少なくなった、見かけない!と言った声の聞こえてくるガラス玉ですが、新潟で大玉1・小玉1、石川でも大玉1、そして福井の嶺北では小玉6、嶺南では小玉1という結果です。

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           11月3日に福井の海岸で拾った海豆たち

 数年前の三里浜を歩いて10個ほど、その後で浜地から北上すれば、一日で30個弱も拾えたような時とは比べものになりませんが、それでも全く拾えないわけではありません。ちょっと頑張って歩いてみたら出会えますよね。ただ、今季の日本海側はモダマなどの海豆がブレイクしており、福井を歩かれる皆さんの拾われた海豆はすでにトータルで80個あたりまで行ってますから、海豆よりはずっと拾いにくいのが今季のガラス玉でしょうね。

From Editor
 このごろ原稿がなかなか集まらず、私が見聞きした範囲での記事ばかりになり、申し訳ありません。今年は頑張って漂着物学会に行こうと思っていましたが、仕事があってなんとも都合がつかず、残念ながらの不参加となってしまい、お仲間のみなさんのお顔が見られなかったのが残念でした。 ただ夏には道北の浜を調査する機会に恵まれ、久しぶりの浮き玉三昧ができたことは幸せでした。
 さて、2012年もあと少し、寒さが厳しいので、みなさまご自愛くださいね。そして新年にご多幸があることをお祈りしています。
 そしてみなさん、投稿をくれぐれもよろしくお願いします。ではよいお年を!
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by uki-puka | 2012-12-20 00:17 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信117 ・ Oct-20-2012

        ベトナムからやって来た新しいウキ  林 重雄

 2012年の夏、愛知県の渥美半島表浜(太平洋側)には、ベトナムや台湾からの漂着物が大挙して押し寄せてきました。前号にも紹介したように、ベトナムのペットボトルがこれほど多い年はありませんでしたし、9月中旬からはフィリピンからの漂着物が急増したように思いました。
 ベトナムのウキでは黄色や赤、それに青や緑のカラフルなキャンディーウキ、それに小船の周囲にぶら下げて使われることの多い白色の円筒形をしたウキが知られていますね。後者をボートサイドウキと呼んでいましたが、徳島のtaibeachさんはその形状をボンレスハムに例え、「ボンレスウキ」と呼ばれています。(笑)
    
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              小型タイプ 25cmほど 
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              大型タイプ 35cmほど

 ボートサイドウキは品が良い?のですが、インパクトの強いボンレスウキをこれから使いましょうか。(笑)このボンレスウキですが、大別して2タイプあり、小型の方は両耳で、浮標に使われたのか長めの細引きが巻いてあるのがほとんどでした。大型タイプは片耳で、これは主に小型船の周囲にぶら下げられていた、以前からあるタイプですね。ずいぶん前に、与那国島のユキさんから、紅白の大型タイプをいただいたのですが、
その後オレが見かけるのは白いタイプばかりで赤がありません。今年の夏から秋にかけてベトナムから多くのボンレスウキが漂着しましたが、白いのばかりで赤は皆無でした。紅白で揃うと、なんだかうれしいのですが、ありませんねぇ~!
 ボンレスウキ、漂着したウキのほとんどは小型タイプで、大型は2個しか見ていません。割合から言えば、大1:小20ほどでしょうか。
 さて、表題の新しいウキは,これではないですよ。キャンディーウキの新型登場です。

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          新型のキャンディーウキはツートンカラーだよ!

さて、新型はいかが??ご覧のように、片側が黄色で、片側が緑のヤツもありますが、ピンクのやつもあります。ピンクのヤツは赤羽根でも拾われていますし、徳島でも漂着が確認されています。この表面にはAN KHANG®と陽刻されています。ここに刻まれたアンカンは、ベトナム語で、AN(安) KHANG(康)を意味しているようで、おめでたいことばのようですね。キャンディーウキも知らないうちにバージョンアップしていましたね。これは2012年夏に初めて見つかったのですが、それより以前にどなたか拾っていませんかね? もちろん、真新しい以前からのも漂着していますので、どっちも流通してるのでしょうか?

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              AN KHANG®とある陽刻

 今年は仕事の関係から、学会不参加となりました。ぜひ学会の様子など、お寄せくださいね。今号のプカプカ。ウキとは関係の無い種子や果実の検索表をつけました。

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 先日アップしたNo Photo の海豆識別図とともに、ご活用ください。
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by uki-puka | 2012-10-20 00:00 | プカプカ通信 | Comments(5)

プカプカ通信116 ・ Sep-17-2012

          三位一体のマイマキリ  田中正人

「マキリ」とは、アイヌ語で小刀、つまりナイフのことで、東北地方などのマタギの間でも使われている言葉らしいのです。
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 写真のマキリがなぜ三位一体かというと、鞘・柄・刃は別々な年に別々な場所で漂着したもの組み合わせ完成したものだからです。
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 鞘の表面には、すれて見づらいのですが、葉のような花のような・・・花札のような模様が彫られ、裏側はベルトが通る穴が空けられています。柄には、荒波の中を泳ぐ鮭が彫られています。刃には別の大きめの柄が付いていましたし、もちろん錆がひどかったので、友人に磨いでもらいました。この鮭図の柄はそんなに大きくはありませんが、本来大きめの柄をつけるそうです。大きめの柄だと海に落としても浮くからなのです。
 このマキリは決して古い時代のものではなく、現在も漁師の方々がマイマキリとして、それぞれが手作りで作っていると聞きました。
 私の職場の隣は、鮭の定置網の事務所と納屋で、時々合羽を着た漁師さんが腰にマイマキリをつけて通り過ぎます。9月になると慌しくなります。

鞘 長さ 約23cm 幅 約8cm 高さ 約3cm
柄 長さ 約13cm 幅 約4cm 高さ 約1.5cm
刃 長さ 約18cm 幅 約3cm 高さ 約0.3cm
         


       汗をかいた晩夏の道北紀行  はやししげお
 9月も半ばを迎え、みなさんの地域では過ごしやすくなってきたでしょうか?2012年の8月末、道北に遊んだのですが、暑かったのなんの!!!
 思いっきり冷えた北海道を楽しもうとやってきたのですが、名古屋と同じような暑さにガックリ来ました。
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札幌から、スーパーカムイにのって北を目指したのですが、はっきり言って、エアコンの効きが弱すぎ!! さすがに暑さで知られた名古屋のJRでは、普通列車でも冷凍庫?って思うほどに冷やしてありますが北海道の特急は、扉をあけた冷蔵庫並みでした~!!そして、驚くことにスーパーカムイの面は、虫がイッパイ!まさにバグス・トレインでした。(笑) 自然が残っているというか、この暑さで虫の多さも格別なのでしょうか?
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 さて、今回の道北は稚内市抜海の調査でした。抜海といえば、ユキさんが浮き玉求めて歩かれた場所ですね。実は今年になって抜海でモダマが見つかったのです。(詳しくはこの冬に発行される漂着物学会誌に発表されます)それだけではなく、モダマの話を羽幌にご実家のある中司さんにしたところ、実家に行かれた際に抜海~坂ノ下あたりを娘さんと歩かれ、何と巨大サメの化石を見つけられたのですよ。
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 見つけられたサメの歯は、カルカロドン・メガロドンのものと思われ、それを知った北海道教育大学で地学とビーチコーミングを教えてみえる鈴木先生も吃驚仰天!(この報告は近いうちにどんぶらこで発表されるでしょう)そんなわけで、モダマとカルカロドン・メガロドンの拾われた抜海をぜひ見たいと、中司さん、鈴木先生をそそのかし、鈴木先生の学生さんで、マスターコースの圓谷君も巻き込んでの、稚内市抜海調査と相成りました。
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 調査前日に稚内入りし、ロシア料理店・ペチカでミーティングの予定だったのですが、予約の時間よりも少し早かったせいか席が空いていませんでした。そんなわけで一足早くお店の外でミーティング開始!7時前のこの時間なら、涼しい風が吹くのを期待していましたが、さっぱりで暑い暑い!北海道のみなさんはしっかり着込んでみえますが、暑がりのオレは名古屋同様短パンにTシャツでした。
 ここで見せていただいたサメの歯は立派なもので、アメリカのフロリダ~カロライナの海岸で洗い出されるヤツにそっくりな、青灰色を帯びたステキなやつでした。化石も漂着物も大好きなオレや鈴木先生にはたまらない標本でした。
 それにしても、こんな立派なサメ歯化石が、道北のビーチコーミングで拾えたとはおどろきでした。そして翌日の調査への期待が高まり、眠れない夜になるのでは・・・と思っていたのですが、眠られないのは、夜の暑さでした。稚内の宿、食事はすばらしかったのですが、夏の暑さへの対応がいまいちで、正直言って寝苦しい夜だったのですよ。(笑)
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 さて、調査当日の30日は前日ほど暑くは無く、朝は風の音で目を覚ましました。鈴木先生たちと落ち合い、南稚内からオロロンライン105を坂ノ下方面に向かうと、目的地あたりの海上は白いウサギがイッパイ!!めっちゃ風も吹き白波が立っていました。このときはまだ知らなかったのですが、30日は日本海が大荒れで利尻島へのフェリーは欠航するほどだったそうです。そうとも知らないオレたちは期待に胸を膨らませ、現地調査へと向かいました。さすがにオレもこのときだけは長いジーンズと長袖シャツで出かけましたよ。
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浜へ向かう時の写真は、まだ浜の様子も分からず現地に向かったのですが、この数分後、風速10m以上の海からの風によるソルトスプレイと、飛砂の総攻撃を受け、調査はそんなに長く続けられませんでした。
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それでも、貝化石の密集してできた礫岩などを採取してきました。採集した化石類は鈴木先生に預け、今後の研究を待つことになりました。貝化石の密集した岩には、フジツボ類、ツノガイ類、タマガイ類などが入っていました。
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 その後、坂ノ下海岸にも調査に入りましたが、強風は衰えを知らず吹き続けました。涼しい北海道でのんびりとビーチコーミングが楽しめると、甘い期待を胸に抱いていたオレは、暑さと海の大荒れにノックアウトされ、グッと凹んじゃいました。まだみなさんが調査されている時でも、砂丘のブッシュで休憩しちゃいましたから。(笑)
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 それでも、午後にはちょっと気を取り直し、抜海リベンジをかけて再度浜に向かいました。夕方には少し風も収まり、浜歩きをしながら浮き玉を見つけてウキウキしていたら、北へ歩いていった中司さんから大声で呼ばれました。走り寄ったら、何と中司さんの指差す先にはリーディタイプの黒っぽいモダマが一つ!もう、びっくりしましたよ。まさか二個目のモダマがこの調査で見つかるとは思ってもいませんでしたから。
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この日の中司さんは、ツキまくっていました。このモダマだけではなく、オレがヒレガイに夢中になっている時に、コルク栓をした青い神薬壜まで拾われたのですから。このモダマや神薬壜は、きっとこの大荒れが運んできたものでしょう。そしてこれまで「モダマを拾いたい!」と願ってきた中司さんの手で北の果てにたどり着いたモダマが拾ってもらえて、何よりでした~!
         
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by uki-puka | 2012-09-17 00:40 | プカプカ通信 | Comments(0)