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ウキウキ研究会の会報「プカプカ通信」の一部をwebで紹介します。
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カテゴリ:プカプカ通信( 134 )

プカプカ通信166・Nov-5-2017

 こんがらがったベトナムキャンディー浮き はやししげお
 今年の春から秋にかけての渥美半島表浜、台風などの影響もあり、台湾モノを中心に、そこそこ漂着物は寄りましたが、海豆類、それに青い浮く貝・・・アサガオガイの仲間はさっぱりでした。
 今季の特徴としては、台湾製品の漂着が多く、数多くの台湾語表示のライター、薬の入った茶色の三稜壜(台湾では三角壜と言われています)、それに羊乳壜も数多く見られました。あと、海豆は少なかったものの、モモタマナ、ビンロウジュ、ハマナタマメなどはよく見かけることができました。そしてガラス玉はたった一つを見つけただけの寂しい季節でした。
 さて、そんな中で見つけたベトナムのキャンディー浮きは、浮子綱に付着したままの状態で見られたので、そのレポートをします。
 この漁具は、刺し網の浮き部分と思われますが、ネット(魚網)の付着がありませんでしたので詳しいことは分かりません。
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この浮子綱は全長が2.5mほどで、その中に7個のキャンディー浮きが結わえられたものでした。結わえられていたキャンディー浮きの間隔はおよそ30cmで、浮子綱は直径が2mmほどのものフィラメントナイロンと、直径が3.5mmほどのナイロンロープが使われていました。
 この漁具、よく見ると使われていたキャンディー浮きは1種類ではなく、何と3種類もありました。その浮きについて書いてみます。
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                 タイプA
         
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                 タイプB              

 上に示したタイプは異なり、Aには陽刻がありませんが、Bには見られます。また、どちらも中央部には浮子綱にあわせた凹みが、両側に通っていました。サイズはAが93×28×23mm、Bが79×27×22mmでした。使われていた数はどちらも一つずつでした。素材はどちらもABS樹脂でできており、最中の皮状の二枚接着でした。
                
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                タイプC    
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              浮子綱を外したタイプC

 さて、残りの4個は昔からのタイプと思ったのですが、よく見たら違う!!素材はソフビタイプの一体成型なのですが、これも中央部には浮子綱にあわせた凹みが、両側に通っていました。やはり、キャンディー浮きでも、進化していますね。サイズは77×25×23mmです。ちなみに陽刻はKHANH THU?Nで、グーグル翻訳によれば、意味は「秘密」だそうですがどんな秘密なんでしょうか?ちなみに文字の下には二匹の魚が描かれていました。
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             タイプCの二匹の魚模様

 タイプCの浮き、ロープを外した写真を見ると、ロープのかけてあったあたりが、ピンク色になっているのが分かりますか?これは結わえてあった部分がロープによって保護され、色が残っていたようです。そうなると、元の色はピンク・・・となりそうですが、紫外線による長期間の劣化によりこうなったもので、元は赤色の可能性が高いでしょう。
 つい、プラ浮きということで、見逃すことの多いものですが、チェックは必要ですね。これからキャンディー浮きを見つけたら、中央の凹みをチェックしてね。

 陶片探しは、マッドラーク?  はやししげお
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 今年、入手した本に、Ted Sandlingさんの著したLondon in Fragments・A mudlark's treasuresという本があります。これはテムーズ河のほとりを歩き回り、陶片を中心とした過去の遺物を探し出すものでした。陶片狂さんが生きてみえたなら、狂喜乱舞間違いなしの本です。ここで副題にあるMudlarkが河川で、陶片などを探すことのようです。そうなると、陶片狂さんのされていた、川あさりは、まさにマッドラーキングですね。これについては、Youtubeでも検索すれば、様々な動画を見ることができます。この本の紹介はすでに、ブログのNo Photo No Lifeにもありますので、興味のある方はどうぞ。URLは、http://tideline.exblog.jp/25822777/
 河川でやれば、マッドラーキングでしょうが、オレはやはり海でやります。干潟や港ではやはりビーチコーミングですね。(笑)
 さて、ちょっと日本海がまだ寂しい端境期には、愛知の内湾をビーチコーミングしています。これまでは知多半島がメインでしたが、最近では三河湾にも手を伸ばしています。
さて、三河湾ではやはり大潮の干潮時が狙い目ですね。こうした内湾では干潮時、それも大潮の時には、普段見られないものが見つかります。歩いた場所は、昨年亡くなられた陶片狂さんこと久保さんが好まれて歩かれたような、漁港の脇の浜です。堤防あたりを猫が歩き、冬の温かい日には、南向きの堤防では婆さんが日向ぼこしてそうな浜辺でした。
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この浜辺を歩いて気になるものを見つけました。それは陶製の錘です。この錘の直径は53mm、中央に貫通した穴の直径は23mm、高さ60mm、土の質や、釉薬からは、かって土管などに使われた常滑焼の雰囲気がしました。
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 これまで、あちこちの漁村や浜辺を歩き、様々なタイプの土錘を見てきましたが、このようにシンプルな円筒形は初めてです。ほとんどの貫通型の土錘は、縁の部分の角を落として俵型にしてあったりしますが、これは糸で切り落としただけの形でした。
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 そんなわけで縦に置いても座りが良いのです。そこで思いついたのは、この土錘を用いて、一輪挿しにすることでした。試験管を挿入させましたが、あまりにも背が高く不釣合いなため、直径21ミリのアクリルチューブが手元にあったので、その片側を埋めて処理をして、こうした一輪挿しが出来上がりました。
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by uki-puka | 2017-11-05 16:47 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信165・Jul-30-2017

     奥尻奇岩紀行       鈴木明彦(北海道)
 
 2017年7月初旬、西南北海道の日本海に浮かぶ奥尻島に行ってきました。2012年以来なので、5年ぶりとなります。奥尻島は、周囲68km、面積143?のかなり大きな島です(写真1)。
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写真1:奥尻島全図瀬棚港からフェリー(約1時間40分)で島に渡りました。奥尻港にフェリーが到着すると、地元のゆるキャラ「うにまる」くんが大いに歓迎してくれました。
  
 今回の目的は奥尻島の海岸に見られる奇岩の調査と、内陸の釣懸層(17?15Ma:1700?1500万年前)で最北のビカリア化石を採集することです。まずは奥尻島の奇岩を二三紹介しましょう。奥尻のシンボルといえば,奥尻港から見える岩です(写真2)。

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写真2:鍋釣岩1993年北海道南西沖地震の時に、“”の一部が壊れましたが、今は修復されています。この岩は仏沢層を貫く角閃石安山岩の岩脈(3Ma)です。また、西海岸で目立つ奇岩といえばホヤ石でしょう(写真3)。

        
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                写真3:ホヤ石
奥尻の海でも採れるマボヤに似ていますが、食用にはなりません。この岩も米岡層を貫く角閃石安山岩の岩脈(3Ma)です。さらに西海岸には、ユニークな奇岩モッ立岩が見られます(写真4)


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写真4:モッ立岩
いわゆる陽石にあたり、特に説明は不要でしょう。奥尻町HPには、多少詳しい説明があるのでご参照下さい。この岩は白亜紀中期(95Ma)の花崗閃緑岩です。
 次に奥尻に伝わる伝説と地形・地質との関連をみてみましょう。まず奥尻誕生は、源義経が生き延びてエゾまでやってきたという〈義経伝説〉と関連があります。
奥尻島(イク・シリ=向こうの島)は、日高地方でアイヌの娘をだまして魔法の巻物を奪った義経が、アイヌの追っ手をさえぎるために魔法で出した島だそうです。渡島大島、渡島小島を出しても追っ手がせまったため、奥尻島を出したらとうとうあきらめたということです。
 地質学的にみれば奥尻の誕生は大陸から日本列島が離れ、新第三紀中新世(17?15Ma)に日本海が誕生した時、古日本海(=多島海)に浮かぶ島のひとつだったのでしょう。その当時、奥尻は古黒潮が洗う亜熱帯の海岸でした。島の東部に分布する釣懸層(写真5)からは北限の巻貝化石ビカリアが見つかります。

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                写真5:釣懸層
 今回、採集したほぼ完全なビカリア化石(写真6)は、同行した学芸員のE君がクリーニング中です!
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              写真6:ビカリア化石

 島の西岸、藻内海岸の沖合の無縁島(玄武岩?ドレライト:34Ma)には、悲恋話としてしられる無縁島伝説があります。能登の流れ者清次郎は島の娘歌子と恋仲になりますが、男の裏切りで打ちひしがれた歌子は身を投げてしまいます。数年後、それを伝え聞いた僧侶無縁は、歌子を弔うために奥尻沖の室津島(安山岩)で座禅を組みますが、荒波に飲まれて小島で息絶えます。この僧侶こそが清次郎で、のちに小島は無縁島とよばれるようになりました(写真7)。
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               写真7:無縁島

 この世では結ばれなかった清次郎と歌子ですが、二人は海岸の岬で結ばれ、清次郎歌岬(火山角礫岩:3Ma)として、奥尻の海を見つめ続けています。これらの島や岬はいずれも海底火山の噴火活動でできたものです。 
 奥尻の北端・稲穂岬は、古くから海の難所として知られていました。海難事故で亡くなった人々を追悼し、船旅の安全を祈願して、地蔵が作られました。それに加えて海辺には累々と小石が積まれ、賽の河原とよばれるようになりました(写真8)。
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               写真8:賽の河原
道南五霊場のひとつとされ、パワースポットとしても知られています。海辺に積まれた小石の大半は、白亜紀の花崗閃緑岩で、約1億年前の小石がこの海岸一帯に集中てているのも何か不思議な縁を感じます。
 なお奥尻の海岸も歩いて、漂着物や打ち上げ貝も採集してきました。チリボタン、カズラガイ、バイなど北海道ではめずらしい暖流系種も見つかりました。

これらについてはいずれ、会報か学会誌で報告したいと思っています。
 
 真夏のビーチコーミング        はやししげお
 今の季節、真夏は北海道などにお住まいの方はともかく、本州中部に住んでいる私には、普通に浜を歩けるものではありません。何せ暑い!熱い!日差しもジリジリ、そして砂も熱くなり、昼間はまともに歩けません。まだ海水に浸かれば気持ちがよいので、海水浴ですね。ただこれもUV対策必須ですが・・・(笑)そしてSPF+++++など強いものを使っても、洗うのが下手なオレは拭き残しがあり、ムラになったり難しいものです。
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 先日、久々に静岡県の御前崎に行きました。我が家からはかなり距離があるので、ちょっと早めに0時ころ出発して、4時前に到着。車内で休憩しながら夜空から夜明けへ移り変わる光景をうたた寝しながら、見ていました。そしてお日様にできるだけあたらないように、浜歩き。これなら快適です。(笑)そして御前崎あたりは海岸段丘になっているので、太陽が昇る途中に日陰になっている浜を探してのビーチコーミング!それでも、8時ころから日陰はまったく無くなりました。こればっかりは、仕方ないですね。そして御前崎市の図書館で開催されていたアカウミガメの写真展を見せていただきました。暑い時期、皆さんも無理なく海を楽しんでくださいね。
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by uki-puka | 2017-07-30 13:38 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信164 ・ June-10-2017

「DREAMS COME TRUE 夢は叶う~まくら玉!」
                  北海道様似町 田中マサヒト


 それは偶然の出来事だった。5月19日15:03 私と林さんのフェイスブックにある記事が添付されたのです。
 伊達市に住む加藤耕平さんからでした。もちろん加藤さんも漂着物学会の会員です。加藤さんの添付したFB「有る所には有るんだなぁ・・・ 襟裳の漂着物学会と、様似の大漂着物展でしか見た事の無い物が何気にぶら下がってる。Shigeさん、田中さん、ヨダレ、ふいてふいて!!」その文章にガラス玉のタワーが写った写真が添付されていたのです。
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 タワーの上の方には、ジャンボローラー(まくら玉)が二個、その下に尺五玉が一個、その他沢山写っていたのです。
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 するとカレー屋さんを営む徳野郁美さんがコメントで「田中さんが欲しいのはどれ!?」と~・・・私は「もちろん。長~いやつですよ~・・・!」と答えると「プレゼントします」とかえってきました。・・・でも半信半疑!もしかして、ちっちゃいシリンダーかも?・・・と思っていたら、メールが来て「間違ってたらガッカリさせるから写真送ります。」と~・・・間違いなく、ジャンボローラー(まくら玉)の写真が添付されていました。
 電話をすると「明日は、用事があるので、明後日お店に持って来るから来てください。」とのこと・・・でも、いざとなると、持ってくるときに落とさないかな~とか、このFBを見た人が先に手を付けないかな~とか心配になっていました。
 すると夕方、ピンポーンと玄関のチャイムがなり徳野ママが「庭に転がしてたら孫たちが壊す心配があるので持ってきた。」 
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と・・・間違いなく、まくら玉(ジャンボローラー)でした。
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DREAMS COME TRUE 信じていてよかった~・・・!!!

From Editor
 願えば、夢は叶う!のステキな例ですね。FBで浮き玉タワーの写真が公開されたときは非常に驚きました。ぶつかったら割れてしまうし、加藤さんによれば、下のほうには割れたものもあったそうですから。
 そして、夢を叶えるために田中さんはFBに、「まじ、くれ~・・・!」と素直なコメントをしました。その後は、田中さんの記事のとおりですね。あぁ、羨ましい!(笑)
 上にある田中さんのポートレート、これ浮き玉に詳しい人なら分かりますよね。浮き玉のバイブルBeachcombing for Japanese Glass Floats を著したAmos Woodさんへのオマージュですね。バイブルの4版(1985)をお持ちなら、P31をご覧ください。お持ちで無い方は、下の写真をご覧あれ。
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Amos Wood著 Beachcombing for Japanese Glass Floats 4版の31pと表紙
 欲しいものがあれば見栄など張らず、自分の気持ちに正直になって「まじ、くれ~・・・!」と言わなきゃいけませんね。
 様似の田中さん、定年後も再雇用でアポイ関連で忙しく働いてみえますが、このジャンボローラー入手で、またウキウキ熱が高まるかもしれませんね。



ブックガイド Keiko's Bubble Janet Lewis著 Kazue Mizukami挿絵 
    Doubleday Books. 1961 New York.63pp     はやししげお

 ダブルデイブックスは、若い読者向けの本を多く出していたようで、このKeiko's Bubbleは、日本の漁村風景の中で、若い娘さんの生活を描いたもので、挿絵は日本人が描いたものです。
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 主人公のKeikoさんは、富士山を望む静岡県の漁村(挿絵をもとに考えると駿河湾に面した富士川と御前崎との間と思われます)に暮らす小学生で、お父さんは漁師でした。
 彼女はほかの子と同じように、ひな祭りのプレゼントに人形が欲しかったのですが、お父さんが与えたのは、大きな浮き玉でした。
 
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そしてKeikoさんは浮き玉をお父さんに貸しました。すると漁の調子が良くなり、周りが不漁の時季でも好漁となりました。毎日港に父の帰りを迎えに行ったKeikoさんは自分の浮き玉を「びん玉さん」と呼び、一家に幸運を与えているのを喜んでいました。そんな「びん玉さん」は、ある嵐の日に網から外れ、流れ出してしまいました。浮き玉を失ったKeikoさんは学校の先生に行方を尋ねたところ、先生は「黒潮に乗って旅を続け、5ヶ月ほどでアメリカのカリフォルニアに着くかもしれない。カリフォルニアには、そんな浮き玉がいくつもやってくるんだよ」と話してくれました。(すごい先生がいたもんだ!)
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 そんな話に驚き、目を見張るKeikoさんでした。そして翌年のひな祭りに父から念願の人形をもらったKeikoさんは、無事カリフォルニアに着いたのかな?と「びん玉さん」の行方を気にかけている・・・そんなストーリーでした。
 興味のある方は、アマゾンなどで探してみてくださいね。







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by uki-puka | 2017-06-10 00:49 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信163号・May-10-2017

ブックガイド クリスティーン・バイル著 「斧・熊・ロッキー山脈」  
Dirt Work ・Christine Byl 三木直子訳 築地書館    はやししげお
 アメリカの大学を出て、大学院進学までの一種の「つなぎ」のつもりで、ひと夏を国立公園の「トレイルドッグ」と呼ばれる整備の仕事をすることになりました。決して体が大きいわけでもない彼女は、その体力的なハンディを克服し、「つなぎ」で始めたその仕事に生きがいを見出すようになり、モンタナ州と、アラスカ州の国立公園の大自然の中で十数年間、トレイルドッグとして厳しい肉体労働に従事しました。斧の振るい方や、チェンソーのエンジンのかけ方さえ知らなかった彼女は、やがて男性陣を配下に従えるリーダーに成長していきます。その過程を通して彼女は自然と向き合い、さまざまなことを学びました。
 原書の題名は、Dirt Work:An Education in the Woodsとあり、陳腐な「斧・熊・ロッキー山脈」とは意味が違います。また副題にはEducation in the Woodsとあるように、ソローの森の生活Walden:A Life in the Woodsほどの格調高さはありませんが、今風のネイチャーライティングと言えるでしょう。
 私がこの本を目に留めたのも、手にとってページをめくっていたときに見つけた、野性とは何か?と言うところに、ソロー、スナイダー、ディラード、アビーといったアメリカのネーチャー系ライターの文字が並んでいたことでした。そしてトレイルドックに関する描写のディテールが詳細なところも気に入り、レジに向いました。でも、そんなところで、これをプカプカに紹介しませんよ。(笑) こんな描写もありましたので一部抜粋します。
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「五時半きっかりに興味は別のことに移った-ビーチコーミング[浜辺で貝殻やさまざまな漂着物を拾うこと]だ。アラスカ湾に面した沿岸で人気の娯楽である。アラスカ湾の浜はゴミだらけだ。空になったオレンジジュースの瓶、壊れた電化製品、プラスチック文化が生んだガラクタの数々。でもそうしたガラクタに日本の漁船の網についていたガラスの浮き玉が隠れていることがある。アラスカ湾を漂流して、嵐の後に浜辺に打ち上げられた宝物だ。この辺の家のポーチにそれがぶら下がっているのを見たことがある-青、緑、透明のもの。オレンジくらいの大きさのものもあればバスケットボールくらい大きいものもあるし、ときにはフジツボがくっついた網に絡まったままのものもある。実はダンは浮き玉拾いが趣味だった。最初の日の午後、浜までぶらぶら歩きながら、ダンは浮き玉拾いの歴史を説明してくれた。これまでいくつ見つけたか、どの浜で、どの季節に探すと一番収穫が多いか。「一番珍しいのはさ」とダンが説明した。「ローリングピンっていうんだ」。それはホットドッグのソーセージくらいの大きさの、細長い浮き玉で、両端に網をひっかける小さな凹みがある。「ここに住むようになってからずっと探してるんだ、十三年だぜ」
 十分後、私の爪先が砂に埋まったロープの結び目に当たった。蹴ると、青いガラスがキラッと光るのが目に留まった。私はそれを砂の中から掘り出し、細長いそれを拾い上げて砂を払い、ダンに見せた。「これローリングピン?」
 「ウソだろ!」とダンが言った。「ウ・ソ・だ・ロー!!」彼はそれを掴むと私を見、ローリングピンをひっくり返し、私に返して頭を振った。私はあげると言ったが、彼は拒んだ。自分で見つけなければダメなのだ。そんなことは言われなくてもわかった。それ以来私は浮き玉拾いにハマった。
 前の夜の嵐のおかげで収穫は大きく、私たちは三人では持ち帰れないほどの浮き玉を見つけた。戦利品を持ち帰るため、私たちは三人のトレーナーの袖を結んで間に合わせの袋を作った。ローリングピンを見つけたのは私だけ。私は子供の頃、ミシガン州の湖の岸辺で珊瑚の化石を見つけるのが上手かったのを思い出した。見つけると父親が「すごいぞチビ!」と得意そうに叫び、私は照れながら、誇らしさで一杯になったものだった。
 ポーチを造り終わると、私たちは浮き玉を手摺に並べて、太陽にきらめく日本製の曲線を写真に撮った。ダンは、一日の収穫量ではこれまでの最高に近い、と言った。

 こうしたディテールで、公園整備の様子や、トレイルドッグとしての活動、そして交わされる下ネタまで描かれているので、アウトドアに興味のある方なら、楽しんでいただけると思います。



ブックガイド ヨーガン・レール著 On the Beach 1・2 はやししげお

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 みなさん、ヨーガン・レールさんをご存知でしょうか?ヨーガン・レール(Jurgen Lehl)さんは1944年ポーランド生まれのドイツ人で、1971年に来日後に自分のアパレルブランドを立ち上げられました。2000年ごろより沖縄の石垣島に移住され、近年は毎日の日課であった浜辺のプラスチックゴミ拾いで集めた材料を用いた照明作りなどもされていましたが、残念ながら2014年に自動車事故で帰らぬ人となりました。
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 2016年の10月から2017年の2月にかけ、青森県の十和田市現代美術館で「On the Beach ヨーガン レール 海からのメッセージ』展が開催されました。ここでは、彼が作った照明器具やら写真の展示があり、観覧に行きたかったのですが、忙しかったのと、遠隔地ゆえ諦めていました。そんな折に、知人から紹介されたのがこの2冊。この本は写真集です。ほとんどテキストも無く浜辺や漂着物、そして漂着物から作られた照明器具などがモチーフになっています。Vol-1は、石垣島の浜辺や漂着風景、それに照明器具などが載っています。
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Vol-2は何とほとんどが漂着したビーチサンダルです。このサンダルばかりの写真集はスゴい!ぜひどこかで見られることをおススメします。



 石垣島からやってきたガラス玉   はやししげお
   
   4月になりしばらくした頃、石垣島の佐々木さんから小包が届きました。厳重に封をされたガムテープを丸めたらボールができるほど!中のクッションも目イッパイ入っており、これは浮き玉だな~!と思わせる梱包でした。(笑)
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   梱包から出てきたのは、網がけのされた緑色のガラス玉でした。よく見ればガラス玉にはヘソ(シール部分)が無く、直径6cmほどの穴が開いていました。
   佐々木さんにお礼の電話をしたところ、興味深い話がうかがえました。このガラス玉は2005年ごろに小樽へ行った際に、浅原ガラスを訪ねたが工場は操業しておらず、浅原陽治さんがみえ、道路から入った右手にある事務所で壁にかかっていたこの緑色のガラス玉をいただいてこられたという話でした。浅原ガラスでは、雪明りの道で使う運河に浮かべるガラス玉を作っていましたがこんな緑色の玉を吹いていたことは知りませんでしたし、網がけの方法も浅原が今行っている結びでは無かったので、「他のメーカーで作られたものではないかと思う」と私の見解を述べました。
   そして、ちょっと気になったもので、小樽の浅原ガラスで今も浮き玉を吹いている浅原宰一郎さんにも尋ねてみました。
   宰さんによれば、やはり網がけの方法は違うが、直径18cm・六寸の玉で口の切り方や処理の方法など同じなので、浅原で作られたものの可能性が高いとのことでした。
   気になっていたガラスの濃い緑色についても教えてもらいました。現在は蛍光管のガラスカレットを原料にしていますが、以前に炭酸飲料のスプライトの廃壜を原料にしていた時もあったので、この色はそこから来ているのではないかと言うことでした。やはり現場の方のお話は役に立ちます。なお、ロープが写真のように麻系のもので網がけされたものは漁業用ではなく、おみやげ物、ディスプレイ用と考えてよさそうです。



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by uki-puka | 2017-05-10 00:02 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信162・Apr-10-2017

オレンジ浮き       はやししげお
 この頃では、ちょっと忘れかけていたオレンジ浮きですが、この冬に驚いたことがありました。プラスチック貼り合わせで作られたオレンジ浮きですが、これまでにも陽刻のバリエーションは豊富で、新たなものが出てきたとか、そんなことでは驚きません。(笑) それはホームページの登場です。「オレンジ浮きコレクション」と言う、オレンジ浮きに特化したサイトなのです。そのサイトはここ!Https://sites.google.com/site/orenjiuki/home
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 北海道で集められたオレンジ浮きを表面、裏面ともにきれいな写真におさめて公開してあります。作者に関しては明記してありませんが、「こんなものを見た」の野村さんではないかと推測しています。「オレンジ浮きコレクション」を見ると、よくぞこれだけ多くのオレンジウキが北海道までたどり着いてるものだという感を強く持ちました。対馬暖流恐るべし!なのですが、それだけ多くのプラスチックごみが広範囲に漂流を続け、世界中に広がっている証拠でもあります。オレンジ浮きに興味のある方は、ぜひこのサイトをご覧ください。
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 さてお次は、この冬に若狭や福井の浜で見つけたオレンジ浮きの紹介です。一番上にあるのは欠けていますが、新たな1号浮きです。 下は新たに見つかった陽刻で、これまであった「大」に追加がされたものです。追加された文字のうち「仁兴」は地名と思われ、台湾や香港にもある地名です。もちろん、地名ではないかもしれませんが・・・(笑)最近はオレンジ浮きの漂着も少な目で、あまり注目してなかったのですが、まだまだ使われているようで、新たなバリエーションが出ています。


福井に漂着したポリタンク    はやししげお 
この冬、日本海側のあちこちでポリタンクの漂着が騒がれました。2017年2月17日、島根県益田市の海岸でおよそ250個のポリタンクが漂着したそうです。3月はじめの朝日新聞によれば、島根県内だけでも2300個超のポリタンクが漂着しているそうです。3月3日付けの富山県ニュース・リリースによれば、富山県内では2個とのことですが、他県の情報もありました。石川県:962個(3/2)、福井県:81個(3/2)、新潟県:137個(3/2)京都府:229個(3/2)、兵庫県:154個(2/27)鳥取県:358個(2/28)、島根県:2,115個(2/28)、山口県:2,064個(2/27) ポリタンクの漂着が多い県では、数千個と言う数が漂着しているのですが、この時点でも福井県では81個との情報でなぜか少ないのです。ただ、定量調査を行わず、感覚的に見ると、この福井の81と言う数字は、やけに少ないもので、漂着物の中に含まれる割合などから見ても、少なくともこの2~3倍はこの時点で漂着していたと思われます。ただこれは取り立てて多いのではなく、例年並みという感じでした。
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 3月18日、調査で若狭地方の海岸を歩きました。この日、廃炉問題で話題になっている高速増殖炉・もんじゅの見える敦賀市白木の浜に降り立ったところ、波打ち際に漂着したばかりと思われるポリタンクの姿が見えました。数えてみれば青17、グレー3、白3、黄色1の合計24個。白木の砂浜はおよそ200mありますので、これは単位あたりでも多い数になりますね。 次に歩いたのは礫浜と磯がつながる美浜町の弁天崎、ここはおよそ150mほどの範囲に青のポリタンクが12個確認できました。
 最後に歩いたのは美浜町の久々子海岸、ここでは浜掃除の行われていないおよそ400mの範囲を歩き、青32、白15、黄色7、緑7、グレー2、赤1、黒1、の合計65個と非常に多かったです。三箇所の合計は101個となりました。 また、10mあたりの漂着数は、白木・1.2個/10m、弁天崎・0.8個/10m、久々子・1.63個/10mで、そして全体では1.34個/10mでした。
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 4月1日、ポリタンクの多かった久々子海岸に行ったところ、ポリタンクなどの大きなプラスチックゴミは集められ、ネットがかけられた状態でした。日本海だけではなく海ゴミの問題は大きな世界の問題でもあります。今のこの状況は、この先どうなるのか、全く不透明で先の明りが全く見えません。
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by uki-puka | 2017-04-10 18:56 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信161・Feb-20-2017

  石井先生の仏壇に手をあわせてきました  はやししげお 

 去年の5月30日に福岡の石井忠先生が亡くなられました。葬儀の連絡は入りましたが、まだ仕事の忙しい時季で、弔電と香典を郵送しただけで参列はかないませんでした。そしてこの1月に、九州大学の清野聡子先生から、福岡の糸島でビーチコーミングの講演をして欲しいと頼まれました。福岡と言えば、石井先生のお膝元ですから漂着物の好きな方も多いはず。せっかくなので石井先生から渡された「漂着物の布教のバトン」を誰かに伝えられたら・・・とお引き受けすることにしました。糸島の海岸を案内して頂き、その翌日に糸島市でおよそ80名の方に来ていただき講演をすることができました。
 講演翌日、清野先生、石村さん、坂本さん、脇さん、それに私の総勢5名で、石井先生のお宅を訪問することができました。
 石井先生宅では、奥様の静子さんが我々を迎えてくださいました。奥様のご様子も気になっていましたが、お元気そうで一安心。訪問する我々のためにフルーツケーキを焼いて歓待して頂き、恐縮してしまいました。
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 石井先生のお家は、浄土真宗で法名は釋海忠というシンプルなものでした。奥様の許しを得て、仏壇から取り出し写真を撮らせていただきました。先生が亡くなられ、お家にも変化があると思っていましたが、驚くほど変化が無くほとんど前のままで、石井先生がふと出てこられても不思議の無い雰囲気でした。お位牌を手にとり、抱きしめ、やっとお別れを告げることができました。
 
福井県嶺南部プラスチック製飲料水容器漂着調査    はやししげお

 福井県敦賀市と西に隣接する美浜町は、若狭湾に面する海岸があり、夏場には海水浴場として知られているが、冬季には閉鎖され、訪れる人は釣り人や海を見に来た観光客などで、その数は少ない。敦賀市と美浜町は若狭湾の奥に位置しており、北西の季節風の卓越する冬季には、風圧流と吹奏流によって漂着した軽いプラスチック類を中心とした漂着ゴミが多く見られる場所でもある。2017年2月4日、快晴で風も弱く、最高気温も11度と安定していたので敦賀市と美浜町の8箇所の海岸で調査を行った。

調査方法
 海岸で漂着物の多い打ち上げ帯に沿って歩き、ラベルが残り生産国が判明しているペットボトル、プリントが鮮明で生産国が判明しているコップ型コーヒー飲料容器の個数を100個目まで数えた。どの海岸にもこうした容器は大量にあり、生産国が判明した数は100以上に上がったが、100個目までとした。またラベルが外れたり、プリントが不鮮明で生産国の判別が難しいものは除外したが、その数は、判別できたものの3倍以上あった。
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調査した容器の一例(松原海岸)



調査地概要
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 調査した敦賀は福井県の中央部にあたり、敦賀以西が嶺南と呼ばれ、かっては「若狭」という地域区分にあった場所である。また沈水地形によってできたリアス式海岸が続く。
 調査地点はどの海岸も、北~西側が海に面しており特に冬季は風の影響を強く受け、漂着物の多い場所である。
 東側が海に面した海岸には漂着物が顕著ではないので、この調査では省略した。
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1敦賀市杉津横浜
 陸けい島の杉津の東側に広がる浜で、国道8号線からわき道に入る場所となる。
 西側の杉津から、横浜を過ぎ、東側の大比田までおよそ1kmある。
 海岸の沖合いには離岸堤が設置されている。
 海岸の西側は泥質な傾向が強い。

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2 敦賀市五幡
 国道8号線に沿った浜で、非常にアクセスがよい。日本の製品がもっとも多く、道路側から投棄されたものが多いと思われる。この浜への流入河川が2本あることも日本製品の多さに関係していると思われる。
 泥質な砂浜傾向があり、浜の斜度も緩く、非常に多くの漂着物が集まる傾向がある。
 海岸の沖合いには離岸堤が設置されている。

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3 敦賀市鞠山
 国道8号線からわき道に入った場所にある海水浴場で敦賀の市街地から間近である。
 この場所は敦賀から最も近い海水浴場であり、駐車場の広さや収容台数も多く、夏場には海水浴場で賑わうが、冬場は駐車場の多くが閉鎖されている
 海岸の沖合いには離岸堤が設置されている。
 泥質な海岸であるが一部養浜で白砂が入っている箇所もある。

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4 美浜町ダイヤ浜
 県道沿いの浜で、県道脇に駐車しやすく冬場にはサーファーが多い。道路側から投棄されたものも多いと思われる。
 この時季には写真にあるようなホンダワラ類の漂着も多い。ダイヤ浜の南部には岩礁もあり、巻貝の漂着も目立つ浜である。
 基盤岩の花崗岩が風化したマサ土が海に注ぎ込み石英や長石を含む砂礫からなる海岸である。

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5 美浜町水晶浜北
 県道沿いにあるが、駐車台数は限られ、使う人は少なめである。また道路から汀線までは20mほどあり、道路側からの投棄は少ないと思われる。
 この浜の北側には花崗岩の岩帯があって西側の海に向けて突き出す自然突堤となり、その根元には漂着物が集積する傾向がある。
 基盤岩の花崗岩が風化したマサ土が海に注ぎ込み石英や長石を含む砂礫からなる海岸である。

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6 敦賀市白木
 敦賀半島の北に位置し、観光地ではないために冬季訪れるのは釣り人ぐらいである。そのため陸からの投棄は少ない。また浜の北側が海に面している。
 敦賀半島の先端に位置しているため沖合いの漂着物が他の場所よりも早く漂着する傾向がある。
 基盤岩の花崗岩が風化したマサ土が海に注ぎ込み石英や長石を含む砂礫からなる海岸である。
 海岸の沖合いには離岸堤が設置されている。

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7 美浜町城ヶ崎
 敦賀半島西側の海蝕崖下に位置する。県道脇の浜ではあるが、駐車スペースもほとんど無いので、道路側からの投棄は少ないと思われる。
 このあたりには中生代の堆積岩と変成岩からなる磯が続き、砂浜は無い。
 位置的に大型の漂着物が流れ着きやすい場所で、2017年1月にも北朝鮮の木造船が漂着した。

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8 美浜町松原
 国道からは離れているが、浜の脇に堤防道路が走っている。ただ冬季に浜を使う人は釣り人と散歩の地元の方ぐらいである。
 若狭湾の最も奥に位置する海岸の一つであり、自治体により冬季も重機を用いた浜掃除が行われる場所である。この浜の東側に流れ込む耳川によって運びこまれた砂と礫からなる海岸である。
 海岸の沖合いには離岸堤が設置されている。
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まとめ
 2月4日の調査では、8ヶ所で合計800本のサンプルを確認した。全量から見ると、日本製が352個・44%と最も多く、続いて韓国製が239個・30%、中国製が193個・24%、ロシア製が13個・2%で、その他の国ではシンガポール、タイ、ベトナムからそれぞれ1個ずつ確認できた。
 当然のことながら日本製の数が最も多かった。その要因の一つはアクセスの良い海岸や、河川の流入する場所に日本製が多く見られ、国道のすぐわきにあり、小さいながら二本の河川も流れ込む敦賀市五幡海岸では日本製が60%を上回った。また都市部から離れた半島の先端部にある白木では日本製が30%未満となった。
 日本製が多く見られた二つ目は、経時変化によるラベルやプリントの退色劣化や、ラベルの破損による識別不明がある。今回カウントできなかったラベルの無いものやプリントの不鮮明なものはカウント数の3倍以上あった。漂流時間が短い生産国での調査につき、日本製のカウントが多くなる傾向があると思われる。
 外国製品の中では最も韓国が多く、身近な隣国でもある所以であろう。次に多かった中国であるが、調査地点においては韓国よりも優位に立った地点が二箇所あり、今後も動向を見守りたい。ロシア製品は2%と少なく、この地域では稀な漂着物と言えるだろう。





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by uki-puka | 2017-02-20 20:44 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ160・Jan-30-2017 

             漂着物考       池淵正明
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 わたしの大学院時代の恩師、鹿児島大学名誉教授田口一夫先生から 、「海が運んだジャガイモの歴史」(梓書院)という著書をいただいた。南米アンデス原産のジャガイモが、コロンブス以降ヨーロッパに運ばれ、オランダ東インド会社を経てインドネシアにたどりつき、やがて日本にもたらされたという話を、その膨大な知識と調査、考察によって書かれた本である。その中でとくに気をひいたのは、多数の航海地図であった。地図をみていると、自分も船に乗っているように思われた。そこでわたしも世界海流図を広げて、日本から出発した漂流物がどのように広がって行くか想像してみた。
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    海流図 茂在寅男著「古代日本の航海術」小学館1979年から引用


まずは、房総沖の黒潮に乗って東に向かう。やがて北アメリカのカリフォルニアに達する。ここは、かって林重雄さんが熱心に話しておられた、ガラス玉の漂着地だ。またアカウミガメの生育地でもある。やがて、この流れ、カリフォルニア海流は南下し、西へ向かう北赤道海流になる。いわば太平洋をぐるぐる右回りにまわっているわけだ。
ちなみにこの右回りは、コリオリ力による。コリオリ力は地球の自転によって起こる力で、北半球では海流を右向きに引っぱる力がはたらく。したがって、右回りになる。南半球では左向きの力になる。
さて、この北赤道海流の下に東へ向かう赤道反流が流れており、南米沖に向かう。その下に西に向かう南赤道海流が流れている。左まわりの出発点である。日本の漂流物は、これをうまく乗り継いで、南赤道海流に乗ったのではないかと考えられる。この海流、かってハイエルダールがイカダぶねのコンチキ号にのって、南米から南の島に漂流した道だ。大洋を渡る、壮大な旅だ。レイチェルカーソンが「海」という本の中で、木切れに乗ったカニが海を渡ることを書いている。これも同じことだ。
やがて南赤道海流はオーストラリア東岸に達する。その下には、南極大陸を東に一周する 海流がある。世界一周をめざす多くのヨットマンが、この流れを利用して航海する。ところで、南極といえば、アムンゼンを思い出す。フラム号に乗って南極にたどり着き、初めて南極点に立った人だ。またそのフラム号からは、フリチョフ・ナンセンを思い出す。ノルウエー の人で、北極海を通って流れてきた漂着物をみて、北極探検を思いつく。そして氷に挟まれても押し潰されず、その上に乗るように、お椀型の船を作る。それがフラム号だ。何年もかけて探検から帰ってきたナンセンは、フラム号をアムンゼンに譲る。そして南極点へ。
話がそれたが、日本製漂流物は、この南極周回海流に乗って、南米のホーン岬沖に達する。Cape Horn、海の難所であり、ヨットマンのあこがれの地だ。荒天のため古来何百隻かの船が沈んでいる。しかしヨットマンはここをめざす。
さらに、流れはアフリカの喜望峰沖を通り、オーストラリア東岸に帰ってくる。そしてこれで終わりである。上に向かう流れがないのだ。
わたしのたわいもない夢想もここで終った。またいつか太平洋の話を書こうと思う。コタツに首を傾けて、ウトウトしてる。外は木枯らし。明日はこの冬一番の寒気がくるらしい。ではみなさん、おやすみなさい。


         今季の北陸     はやししげお

 あけましておめでとうございます! 早いもので2017年1月も折り返しを過ぎてしまいました。そして私も61歳の誕生日を迎えました。ちょうど一年前に還暦を迎えましたが、それからの1年の早いこと、早いこと。
 この冬はかなり暖冬傾向が強く、2016年の11~12月については驚くほどの漂着物の少ない若狭地方でした。特に前の年はアオイガイの大量漂着がありましたが、今季は無いので余計に何も無く感じてしまいました。
 もちろん何も寄っていないわけではありませんが、流木やゴミと言ったいつもの漂着物さえも少なめ、これはやはり海の荒れが少なかったのが大きな要因でしょう。冬場、ゴミならいくらでも寄ってくる美浜町の松原海岸、ここでは2016年のうちは寄りが少なく、年末になっても、11月19日に訪れたときとほとんど変化の無い様子でした。高潮線に打ち上げられていた特長的なゴミはそのまま残っている状態で、ほぼ一月間大荒れの日は無かったようでした。 
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 敦賀半島の先端にほど近い白木は、日本海に半島が突き出している分、外洋モノが届きやすいのですが、ここでもいつもに比べモノは少なめでした。やはり荒れによる吹奏流や風圧流の影響が弱く、軽いペットボトルや発泡スチレンが多く打ち上げられていました。アオイガイは何とか一つ見つけることができましたが、去年とは比べ物にならない様子でした。
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 若狭地方の浜は、沈降地形のリアス式海岸が卓越し、河川の河口部や花崗岩の風化したマサ土が運ばれたあたりに砂浜を形成しており、大規模な砂浜は少ないのです。若狭地方では、敦賀半島西側の水晶浜一帯(1.5km)、美浜町の和田~久々子一帯(2.5km)、高浜町の和田(2km)、三松一帯(2.5km)くらいしか、歩いた気分になる砂浜が見つかりません。もちろん、ポケットビーチにも面白いところはありますが、何せ狭い!歩く範囲がすぐ見渡せるほどですから。
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 1月になり、寒気団の南下もあり、2016年の11~12月にかけてモノの少なかった浜辺にも多少はモノが増えてきました。1月5日には水晶浜の南にある菅浜の岩場に木造船が打ち上げられました。6日に海上保安庁の調査も入り、ハングルの記入もあったことから北朝鮮の船と考えられています。
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 美浜町の松原海岸でも低潮線に漂着物が打ち上げられ、漂着帯をつくるようになってきました。ゴミが多く集まった漂着帯には、ホンダワラ類などの海藻類も混じり、海の中では春へむけた生物の営みを感じることができました。またこの漂着帯の中から、韓国製のガラス玉も見つかりました。このガラス玉は、ハングルの表記などはありませんでしたが、ガラスの色やヘソのシール方法などから見て韓国製と判断しました。またサイズはイレギュラーな直径96mmのもので、あまり見かけないサイズでした。
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 From Editor: プカプカ通信、不定期ですが細々と発行を続けています。みなさんからの原稿をお待ちしていますので、今年もよろしくお願いします。






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by uki-puka | 2017-01-29 23:26 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ159 ・ Nov-30-2016

          小樽・浅原硝子訪問記      はやししげお

 2016年10月、漂着物学会北海道大会が札幌で行われました。北海道には今でも小樽で浅原硝子の浅原宰一郎さん(以後・宰さん)が浮き玉を吹いてみえます。漁業用の浮き玉はもう浅原硝子でしか吹かれていないようで、先代が亡くなられ宰さんがその意思を受け継がれてからは、応援していました。そして今回、ゆっくり訪問したいと思い、宰さんの都合を聞き、10月24日午前に再訪することができました。
 当日は2006年のえりも大会で先代の浅原さんに聞き取りをして発表された芽室の中司さんもご一緒してもらいました。敦賀のKinさんも誘ったのですが、前日のビーチコーミングで足を痛められご一緒できませんでした。
 小樽駅前から天神行きのバスに揺られて10分少々、天満宮下で下車すれば、前回来たときと大きな変化は無いように見えましたが、浅原硝子の奥のほうには高速道路が出来るようで、既に高架の工事は始まっていました。ただ、あたりの紅葉は見事で、まだ林床には二日前の雪が残っていました。 
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 小さな変化といえば、近くの交差点あたりにコンビニができたことくらいでしょうか?浅原硝子製作所の看板や、あたりに吊り下げられた網がけした浮き玉など雰囲気は変わりません。
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 道路わきの事務所を覗いたのですが返事が無かったので、奥にある作業場の方へ向かいました。作業場の扉を開けて声をかけると、宰さんが待っていてくれました。
何でも朝一番で、学会員の石村さんらが訪問されたそうでした。作業場には宰さんともう一人、モユルさんがおられ、モユルさんは暖かい溶解窯の近くで網がけをされていました。そして、作業場内のレイアウトですが、以前と大きく変化はありませんでした。
 以前は原料としてビン類などの廃ガラスを使われていましたが、それに取って代わったのは蛍光管です。蛍光管は色などにくせが無く、扱いやすいそうです。あと、徐冷窯と溶解炉の奥には、出荷前の浮き玉が、所狭しと置かれていたのが印象的でした。
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やはり実際に浮き玉を吹かれている宰さんとの話は面白くて、きりがありません。(勝手に面白がっていたのは オレだけでしょうが)昔3人で吹いていたころは小玉(直径7cmほど)を8時~5時の一日でおよそ1000個ほども吹いていたことがあったそうです。また尺五玉(直径45cmほど)は、ガラスの重量が8kgほどになり、もう今では吹くのが難しいそうで、尺二玉を毎日吹いていた頃なら吹けたそうです。ちなみに尺玉なら、一日におよそ90個ほどは吹けたそうで、単純計算でも3人で吹けば90×3=270で、1日に270個も吹いていたことになりますね。
 
 さて、今回の浅原硝子訪問にはもう一つ目的がありました。それは前に見ていた鉄製のシリンダー型の使い方を教えてもらいたかったからです。球形のガラス玉に比べて、シリンダー型は数も多くなかったようで、それは漂着するガラス製浮きの割合を見ても分かるところです。
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 浅原硝子に現存するシリンダー型は、上の写真に示した大小2種類のものです。どちらもヒンジ部分と取っ手部分とがあり、二人がかりで仕事をしないと作ることの出来ないものです。
 
 それでは、教えて頂いたシリンダー型ガラス浮きの作り方を説明します。まず、シリンダー型を分厚い鉄板の上に立てておき、その近くに少し高い台を用意します。この台の上に乗ってシリンダー型の上から吹くことになります。用意が出来たら細長く切った2枚の新聞紙を水で濡らし、型の内側に貼り付けます。
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 この新聞を入れる理由を宰さんに尋ねたところ「新聞紙は滑らせる為に使いますね。紙と油性インク?がいいのかな?燃えてカーボンになり、滑り易くなりますね〜!」と返ってきました。納得です。これで準備は大凡出来ました。
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 ここまで来たら、吹き竿に溶解炉で真っ赤に溶けたガラスの種を巻き、型のサイズに合わせて細長く吹き、左側の写真にある状態になったら取っ手を引き寄せて、型を閉じます。閉じたところが右側の写真です。型を閉じたら右手の位置までに左手を持ってきて、両手の平をすり合わせるようにしてサオを回すのです!
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 そうして吹き上がったシリンダーは吹き竿から切り離して、シリンダーを立てられる容器の中に入れて、へその部分に融かしたガラスを貼り付け、シールボタンにします。2008年から浅原硝子製造所でつくられた浮き玉には「浅」という文字が入っており、そのマークをキレイに入れるために、シールボタンはバーナーで再加熱してからマークを押すようにしています。こうして作られたシリンダー型ガラス浮きは、徐冷窯でおよそ一日ほど冷やされて完成です。
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 浅原硝子の工房では、使い終え役目を果たした坩堝が置いてありました。その中を覗くと、やや黄緑みを帯びたガラスが底に溜まっていました。以前はこうした底に溜まったガラスはガラス壜などのリサイクルガラスを使っていたために、コバルトブルーのまさに瑠璃色をしていたわけですが、蛍光管を素材に使われるようになってからは、底に溜まる色が変わってきたようです。
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 浅原硝子の工房を訪ねて思うことは、この工房も大量生産の場所ではなく、さまざまな注文に応えることのできる場所と言うことでした。浮き玉のサイズにしろ、それに対応できる様々なサイズの輪が用意してありますし、様々な色に対応できるように色ガラスの用意もあります。こうしたオーダーメイドのできる工房は、経営上難しい局面もあるとは思いますが、これからも浮き玉の火を絶やさず吹き続けてほしいと思っています。
浅原硝子製造所   http://www.asaharaglass.com/ メール:info@asaharaglass.com
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by uki-puka | 2016-11-30 23:27 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信158 ・ Oct-30-2016

       漂着物学会総会・北海道大会 2016   はやししげお
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 2016年10月22~23日にかけ、札幌にある北海道博物館で漂着物学会総会が開かれ、ビーチコーミングは望来海岸で行われました。今回も口頭発表があり参加しましたのでその様子を写真をそえてお知らせします。

 札幌には前日の21日に入りました。天気予報では週末にかけて冷えると聞いていたので、ある程度の覚悟はしていました。名古屋を発った飛行機が津軽海峡を抜け太平洋上から、新千歳空港に近づき着陸態勢で高度を下げれば、紅葉の大地が見えてきました。色づいた大地のコートを見て、喜んでいられたのは海岸よりの地域だけした。内陸側は雪に被われ、新千歳空港で降りれば一気に冷気に包まれました。慌ててトイレに駆け込みフリースを着込み、下着も追加しましたが寒い!(笑)
 札幌駅でJRを降り、外に出れば頭が痛くなるほどの寒さでした。そんなわけで駅構内のモンベルまで戻って、暖かいフリースの耳まで隠れる帽子を購入しました。旅の間は、このフリースのおかげで何とか風邪もひかずにすごせました。
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 札幌では深雪の積もった北大博物館を見学してきました。今年リニューアルが出来上がったそうなので見てきたわけですが、そんなに大きな変化は見られなかったように思いました。

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ただ展示物の中で、漂着物では本体しか見たことの無い気象観測に使われるラジオゾンデの各パーツと、海底での地震探査に使うベントスの中に収められた海底地震計を見ることができたのは収穫でした。


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 22日は新札幌からバスに乗り換え、会場になった北海道博物館に向かいました。そこでは漂着物学会総会にあわせて、漂着物展も開催されました。北海道ではこれまでに大規模な漂着物展と言えば、2008年8月に田中さんの主導で様似町中央公民館文化ホールで開催された様似郷土館の特別展「北海道大漂着物展」がありましたが、それ以来のものですね。今回は開催場所が北海道博物館と言うことで、漂着ジオラマに寄せられた細かな流木一本まで燻蒸を施したそうですので、ご苦労も多々あったことでしょう。
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 北洋漁業で栄えた北海道では多くの浮き玉が作られ、使われてきました。そうしたものは一朝一夕では集まりません。北海道の学会員のネットワークがあってこその展示物です。写真のお二人は、前回の北海道大漂着物展の立役者である田中さんと、今回の担当者の圓谷さん。きっと田中さんはバトンを若者に渡して満足されたことでしょう。こんなお二人が浮き玉を前に談笑されているのを見て、何だか胸が熱くなりました。
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 この北海道博物館の漂着展は、北海道在住の漂着物学会員から多くの標本を借り入れて行われたもので、これだけの漂着物を一堂に見る機会はまず無いでしょう。そんな意味でも11月27日まで会期がありますので、多くの方々に是非見ていただきたい展示です。
また前回の北海道大漂着物展では、田中さんが展示物の写真をカタログ代わりにブログでアップされていますので、今回も何かの形で残してもらえれば嬉しいですね。
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 さて、漂着物学会は今年亡くなられた初代会長の石井忠先生への黙祷から始まりました。ポスターセッションや、一升展示の会場には、石井先生追悼コーナーも設けられ、会員が思い出の品や追悼文を持ち寄りました。福岡県の学会員・石村さんは石井先生のお宅から、先生が大切にしてみえた「漂着仏」を借りてこられました。大切な「漂着仏」ゆえ、ずっと手に持って運ばれた石村さんのご苦労が偲ばれました。これを拝んだら、何だか石井先生がそこにおられる気がしてなりませんでした。
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 サクサク進んだ総会の後、昼食を挟んで午後からは基調講演と研究発表とが行われました。
 基調講演はストランディングネットワークの松石さんで、漂着鯨類の報告が、鯨やイルカの生態究明に役立つと言う話をしていただきました。その後は研究発表でアオイガイ関連2題、久保田先生の白浜の漂着物、海岸砂と河川流域の地質、そして鈴木先生のテレドなどの地学関連の研究発表がありました。発表の後は、同じ会場で、持ち込まれた漂着物の鑑定会が行われました。骨もあれば、北海道ならではの浮き玉、それに北方系の貝類が鑑定会には持ち込まれ、鑑定されました。今年は販売はありませんでしたが、ポスターや一升展示も北海道からの参加者が多く盛り上がりました。
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ポスターセッション、現在ではパソコンで作りプリントアウトの形式が多いのですが、
昔は手書きでした。どうもジジイのオレは手書きのポスターが好き!(笑)安松先生や、のらさんの手書きのモノを見ると安心できます。
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一升展示では、一升の意味を誇大解釈した大風呂敷・岩崎さんの道北ビーチコーミングが楽しかった!!
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 閉会後はホテルエミシア札幌に会場を移して交流会が始まりました。どのテーブルも漂着談義に花が咲きました。今回は縄文太鼓が盛り上げてくれましたし、恒例のじゃんけん大会も無事終了いたしました。
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 10月23日、日曜日には札幌の市街地からおよそ30kmほど北に位置する望来海岸でビーチコーミングが行われました。国道を離れ浜に近づけば、風やソルトスプレイなどの影響で、高くまで成長できず矮小化したカシワとギンドロが見られ、浜辺が間近なのを感じさせてくれました。大型バスは舗装路から、「こんな道に大型バスが入れるのか?」と思える凸凹道を進みました。けれども道のど真ん中に大きな水溜りがあり、そこでバスはストップとなりました。
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鈴木先生の説明後、鈴木先生率いる化石グループと、志賀さん率いるビーチコーミンググループに分かれました。オレは化石グループに参加しようか?ビーチコーミンググループに参加しようか?非常に悩みました。だって小学生の頃からの化石少年でしたからね。でも、水たまりで靴を濡らすのがイヤだったので、ビーチコーミンググループを選びましたよ。けれども、どっちのグループでも靴は濡れる運命でした。(笑) この日の海岸、オレの時計の計測では気温7度、それに風も5mほどあったので、体感気温は2~3度でした。それでも全国から集まったビーチコーマーたちは、黙々と海岸線に沿って好みのラインを歩き始めました。
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覚悟はしていましたが、最高気温28度ほどの名古屋から来た体に寒さは堪えますね。海水温も下がり、アオイガイが揚がっても良さそうな季節ですが、残念ながら出会うことはありませんでした。もちろん遠方からの漂着物もありましたが、ライターを手にすれば011で始まる札幌あたりのモノ・・・やはり流出源からはそんなに離れていないモノが多いと感じました。
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 この浜でオレが気になったのは、子供用の下駄でした。のらさんに聞いてみたら「ぽっくり」と言ったそうです。このぽっくりは、底の凹んだ部分に鈴をつけ、歩くと音がして、子供の頃お祭りの日に履くのが楽しみだったそうです。そしてこの日は全く違うサイズのぽっくりが4つもビーチコーミングで見つかり望来海岸は「ぽっくり浜」となりました。あと日本海側に多いプラ製のタコ箱も見つかりました。
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 ビーチコーミングの方に参加したオレですが、歩いていると寒くてかないません。そんな時、東側に見える海蝕崖方面を見れば、鈴木先生率いる化石グループがはるか向こうを歩いています。あそこまで走ればきっと温まる!そう思ったオレはすぐさま駆け出していました。(笑)やはり走れば体はスグ温まりますね。小走りに駆け出し、およそ10分ほどで追いつきました。もうそこでは崖下に座り込んで懸命にハンマーを振るう人がいたり、崖をたたく人もいたり、BCではなく完璧な化石採集です。
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 ハンマーを持っていかなかったオレは、転がっている化石を探すことだけに集中しました。何とか手に入れたのは手に持っているエゾボラ類と、二枚貝のキャスト、どちらも外の殻は磨耗して中の砂が固まっただけのモノですが、ビーチコーマーにとってはこちらの方がうれしいですね。
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 今回の北海道大会は規模が大きく、札幌周辺だけではなく、全道の会員が力を合わせて成功させた総会だと思いました。開催に関わられた北海道の皆さんと事務局の方々にお礼を申し上げます。
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 最後になりましたが、このほど北海道教育大学の鈴木先生が素敵なビーチコーミングの本を著されました。若宮明彦の名で詩作を続けられている鈴木先生ならではの本で、それぞれの章の扉には、古典から引用した章にふさわしい「言葉」が散りばめられています。まだ手にとってみえない皆様にオススメします。この本はアマゾンで入手可能ですので、気になられた方は、ぜひポチしてみてくださいね。
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by uki-puka | 2016-10-30 21:11 | プカプカ通信 | Comments(0)

プカプカ通信157・Oct-20-2017

   この夏に渥美半島で拾い上げたプラ浮きたち   はやししげお

 2016年9月、台風や大雨により各地で風水害が多く発生しました。名古屋でも9月の30日間で、何と17日間も降雨があり、これは梅雨時の6月の降雨日を軽く超し、降水量でも6月の218mmを超えて9月は299mmとなりました。そしてこれは7月と8月との降水量合計よりも多い数値となりました。
 プカプカ通信156号では、台風13号が運んでくれた漂着物の速報をお知らせしましたが、今号では、南のモノが少なかった7~9月にかけ、渥美半島表浜で拾い上げたプラ浮きの話題をお届けします。興味深い南方のモノがあれば、そうプラ浮きに目が行かないのですが、モノが少ない夏でしたので、いくつか拾い上げてみました。
 最近の傾向では、青いプラスチック素材を用いた紡錘型の浮きの漂着が非常に多く、一時は多かったオレンジ浮きを数では追い抜いてしまいました。本来なら、それを調査しなければいかんのですが、量の多さに閉口してしまい、数が減少傾向にあるオレンジ浮きを拾っていたのでした。ただ拾うといっても、定量的なものではなく、あまり見かけなかったものを中心に拾っています。 
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A・まずは、小型の刺し網浮きを紹介します。この浮きは6センチほどの小さなもので、表面には「万事如意」そして反対側には「集丰・Jifeng」とありました。万事如意のある中央には円形の中に帆船と「5」が入っており、これはきっとオレンジ浮きなどの5号を意味するものでしょう。浮子綱には直径が1mmほどの黒い編みナイロン、目通しには0.6mmのナイロン、そして一部ついていたのはモノフィラメントの網でした。この浮き
は黒のプラスチックを使っていますが、同じ陽刻のもので白い浮きも確認しています。あと、これは一体成型で作られたものです。
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B・これはお馴染み、中央の歯車の中にマル優の入った雄華塑料廠のオレンジ浮きです。最近の浮きは表面に製造年が刻まれるようになったものがあります。オレンジ浮き、真面目に見てなかったのですが、徳島の濱さんのブログ「今日も渚で日が暮れて」で教えてもらい、気にしていたら見つかりました。タイトルヘッダーにアップした写真は2010年製の浮きですが、2013年製のモノには、11、12、13が追加されています。またこのオレンジ浮きは3号も確認しています。
C・4匹のいるかと思われるモチーフを円形に配置したマークの富丰浮き、これはオレンジ浮きと同じ製法で作られていますが、色がオレンジというよりも黄土色です。最初からこの色だったのか、エージングの結果かどうかはわかりません。
D・太陽と波をバックに飛ぶカモメをマークにした海鴎浮標です。表面に記された海鴎浮標、质量保证にはそれぞれHAIOUFUBIAO、ZHILANGBAOZHENGとアルファベットでの読みまで入れた親切?と言うか、不思議なものです。そしてこのサイズは1号型ですが、なぜか2#とも記されていました。あとこの浮きは、ほかのものに比べて角の面取りが大きめで、陽刻面も緩いアールがついたものです。
E・すっきりした細めの明朝体で「渓南雄華」と記されたオレンジ浮き、反対側が太陽浮標もあれば、どちらも渓南雄華もあります。渓南は中国の地名かとネット検索したのですが、出てきません。出てきたのは南渓でした。そして渓南で見つかるのは、お隣の岐阜県多治見市の地名ばかり・・・(笑)
F・ジャンク舟と太陽、それに波をマークにしたお馴染みの俊雄浮標です。これも雄華塑料廠のオレンジ浮き同様に製造年が記されるようになって来ました。このサイズは1号浮きですが、なぜか表示は1/0号、もしかしたら1/0号と同じ浮力があるのでしょうか?
図示したものは、2009年から2013年まで刻印を増やして、同じ型を使い続けているようです。
G・古くからあるオレンジ浮きの有名ブランド「船牌浮標」の1/0号です。そしてこれが本来の1/0号のサイズですね。さて、この浮きですが、実は初めて見た船牌浮標の1/0号でした。これまでにも「太陽浮標」、「順風得利」、「一帆風順」、「大」、「俊雄浮標」、「集魚商標」、「順发」、「大汎浮標」を確認してきましたが初物です。この船牌浮標の得意技はスペルミスなのですが、今回も裏切らなかった!本来はTRADE MARKと入るところに何とTRAEMAK・・・魚を捕えまくるのでしょうかね?(笑)
H・この浮きは、貼り合わせで作られたオレンジ浮きではなく、一体成型で作られたブルー紡錘型浮きです。普通このタイプの浮きには両端に一つずつ、合計2つの刻みがありますが、これは4つ余分に加えた刻みが6つあるものです。刻みが6のものは前からありましたが、浮きの断面が円形な「丸タイプ」のものでした。ところがこれは4つの角が見られる「角タイプ」で、これまでに見たことの無いものでした。
 従来の丸タイプと、今回の角タイプとは非常に酷似しています。サイズもほぼ同じで、刻みのパターンもほぼ同じです。
 上の丸タイプは2004年4月3日、石井先生、それに前事務局長をされていた松本さんと一緒に、福井県小浜市矢代で行われていた手杵祭りを見た後に、京丹後市の箱石浜で見つけた浮きです。表面には海南临高崑社塑料ㄏ、耐圧180米水深、05と刻字され、円の中には海面と漁の標識らしきものと、得魚・DE YUと陽刻されていました。2016年9月17日に赤羽根で見つけた角タイプ、これから各地で見つかることと思います。この秋からビーチコーミングをされる際には、ぜひ探してみてくださいね。
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             上が従来の丸タイプ、下が今回の角タイプ
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              左が丸タイプ、右が角タイプ





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by uki-puka | 2016-10-20 20:58 | プカプカ通信 | Comments(0)